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「#幼馴染」のBL小説を読む
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でも使用期限は6ヵ月


パカパカとかかとを浮かせるスリッパが気持ち悪くってたまらない。元々これは楽に走れるようにするために作られたものではないのだ。地味すぎて逆に目立つ患者服を来ていると、自分がまるで脱走した囚人のような気持ちになってしまうのは何故だろう。いや、実際脱走はした。したはしたが、もちろん刑務所からではなく、彼女の場合は病院からだった。







“間に合わない!”

直感的にそう確信した後のリディアの視界はスローモーションのようにゆっくりと動いていた。横断歩道の真ん中で腰を抜かした4、5歳くらい女の子に向かって、暴走した車が突っ込んでくる。ちらりと見えた中の運転手の目は虚ろで、麻薬中毒者だと判断するのにそう時間はかからなかった。この女の子を素早く抱えて走り出したとしても間に合わないと判断した瞬間、彼女は女の子の体を歩道へ投げ捨てていた。その直後、大きな振動が体全体を響かせて、放り出された体から流れ出てきたぬるい液体が髪に絡まってゆくのを感じたときには、リディアはゆっくり目を閉じていた。








そして問題はそこからだった。どうしてこんなことになったんだっけ。

リディアは一通りの少ない住宅街にあった階段に座って空を見上げる。確か、あれだ。すぐに病院に運ばれて、半日ほどで意識が戻ったのは良かったのだが、看護師さんやお医者様たちの注意を無視し、無理矢理自分の病室へやってきた者達がいたのだ。それは所詮マスコミと言うやつで、1日も経たないうちに彼らはリディアの経歴を調べあげていた。彼女の友人にまで電話をして、死亡したときは 「とても良い人だった」 だとか、そういう友人から私への証言を使おうとも企んでいたようだ。しかしリディアは意識を取り戻し、それは無駄になったかと思いきや、彼女が友人の言う 「良い人」 だということと、警官という職業のせいでそこらへんの一般人のように簡単に乱暴なことが出来ないことを逆手にとり、プライバシーの多大なる侵害になりそうなことまでを聞き出そうとしていたのだ。まるで病院で記者会見をされている気分だった。もし気持ちに任せて失言でもすれば、少なくとも世間から褒められるべきであるリディアは終わりだ。目覚めたときから多少時間は経っていたにしても、そんなことをされた自分はとにかく混乱していて、勢いに任せて病院を逃げ出したのだ。両足が無事だったのと、ちょうど見舞いに来ていた上司が手助けしてくれたのは幸いだったが、包帯が巻かれた頭と、ギプスで固定された片腕は走る度に揺れて、ずきずきと痛み続けていた。

そんなわけでやっとの思いでマスコミ達の群れを抜けたリディアは、目覚めたとき看護師から渡された写真を取り出す。いつも制服のポケットに入れていたもので、そこには綺麗な色をした唇で笑っている自分と、憧れだった先輩の眩しい笑顔が写っていた。

「……取材って、人の個人情報を漁ることじゃなかったよね」

暇つぶしのつもりで持ってきてもらって読んだ新聞。そこには、自分に起こった出来事はもちろん、名前、年齢、さらには高校時代の友人や教師の話までもが載っていた。何にも関係ない人まで巻き込むなんて。これはもしかしたら裁判を起こすことだってできるかもしれない。慰謝料はどれくらい取れるだろう。……いや、なんだかこんな考えは授業中に学校に不法侵入してきたテロリストからどうやって逃げるかの妄想よりも無意味な気がしてきた。立派な法律違反の可能性があるのだから、そんなわけはないのに妙に納得してしまう自分がいた。

もうこんなところで蹲るのはやめよう。もう結構時間が経っているはずだし、マスコミ共ももういないかもしれない。そう思うことにして、無事だった方の手で手すりを握って階段を降りた。そういえば、どうやってここまで来たんだっけ。確かあのときはここの分かれ道を右に曲がってここに着いたから…………つまりこっちか。ああ、でもやっぱり怖い。あのマスコミ達の血走った目が忘れられない。

恐る恐るリディアが曲がる角の先を確認しようとしたそのとき、どん、と何かにぶつかった。

もしかして、記者の人? 私を探しに来た?

幸い片方の腕で電柱に掴まることができたので尻餅をついてしまうようなことはなかったが、リディアはその衝撃でまたもやパニックになっていた。

「ご、ごめんなさい! お願いだからもうマイクを私に向けないで!」
「……何言ってんだ」


何も言わないことを不思議を思い恐る恐る目を開くと、そこには自分を見下ろす大きな影。それはつい最近、ルージュの落し物をした彼だった。




2018.12.3