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どうしようもない罪悪感


自分一人だけブチャラティに呼ばれたということは、最初は任務の前の情報収集でも頼まれるのかと思った。でも話というのはそんな物騒なものではなく、彼の口から彼女の名前が出たとき、アバッキオは目を丸くすることしか出来なかった。

「リディア・ローゼ。この名前に聞き覚えはあるか?」







ブチャラティの心配している様子に釣られてしまった自分はなんて簡単なのだろうとアバッキオは思う。ただ、それだけではなくて彼の話の内容もこの行動を起こしてしまった原因のうちの一つであるということも自覚はしていた。彼はただ念の為の“確認”をしただけだというのに、懐かしい名前を尋ねられて、その衝撃でつい図星な顔をしてしまって。その流れからブチャラティに彼女が警察官になったのを知った。アバッキオの記憶では警官になるなんて言っていた覚えはなかったが、素直に一目だけでも見たいと思った。見るだけで良い、話すなんて贅沢なことは求めない。ブチャラティは何も言わなかったから、要するに自分に任せるということなのだろう。そう駄目元で街を出歩いてみれば、いとも簡単に彼女は見つかってしまった。メイクはしているものの、顔立ちも髪型も変わっていなくて、ひと目でわかるほどだった。

「リディアちゃんや、今日孫と会う約束をしてたんだけどねえ、待ち合わせする店の場所が分からないんだよ。日本料理の店で、ここから近いはずなんだけど」
「……ああ! あそこですね。ここに簡単な地図を書きますから、よく見ておいてください」

どうやら道案内をしているようだ。リディアちゃん、なんて自分の娘かのように彼女を呼んでいるところを見れば、おそらく彼女はこの女性に可愛がった貰えているのだろう。この通りを右に曲がって、とペンを動かしながらゆっくりとリディアは説明をしていく。それは随分わかり易かったようで、老婆はうんうんと頷きながらそれを聞いていた。

「このメモ、貰ってもいいかい? あたしゃすぐ忘れちまうんだよ」
「Sì、どうぞ!」

最後ににこりと笑って見送ったリディアの顔は昔のそれと何も変わってはいなかった。もともとの顔が幼いから少しでも舐められないようするためなのか、ブラックで引かれたキャットラインと濃い色のアイシャドウが大きな瞳をきつく主張させている。だが、彼女が柔らかい笑みを浮かべればそれはあまり意味を果たしていないようだった。頬紅とルージュはほとんど付けておらず、バランスのとれたメイクは彼女の顔を自然に引き立てていた。発色が控えめであるにもかかわらず、アバッキオはその唇に目を惹かれた。

自分より上手く仕事をやっている。

その事実を知れただけで彼はもう充分満足することができた。しかし、もうアジトに戻ろうと体を後ろに向けたとき、確かに自分をあの綺麗な声が呼んだのだ。

「あ、そこの貴方! 何か落としましたよ、」

ひゅ、と小さく自分が息を呑む音が聞こえた。ふと手のひらに一番近い位置にあったポケットを間探って、あるはずのものが無いことに気がついたときには、リディアはそれを拾った後だった。

「これ、貴方のものですよね。……シャネルのルージュ」

最後の一言は独り言程度の声量だった。アバッキオにとってそれは非常にまずい状況だった。何しろルージュをまじまじと見つめているリディアにとある心当たりがあったからだ。不自然でもなんでも良い、早くこの場を立ち去ろうとアバッキオは考えた。

「いつまで見てんだ。早く返せ」
「あ、ごめんなさい。プレゼントで貰ったものと同じで、つい」

アバッキオはルージュを素早く奪い取ると、リディアは眉を下げて申し訳なさそうに笑った。身長差がかなりあったからか、自分を見上げる彼女の首は少し苦しそうだった。一瞬だけ触れてしまったその手は、この季節にしては信じられないほどに冷たくて、懐かしい体温だった。対してアバッキオはこれ以上なんでもない会話を交わすのでさえも耐えられなくなって小さく舌打ちをすると、ルージュをポケットに戻して直ぐにアジトのある方へ足を進めた。彼女の視線がなかなか離れなかったのが、唯一気掛かりだった。




2018.12.2