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「#幼馴染」のBL小説を読む
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それは葉を喰う蚕のように


その日はちょうどアジトへ向かう途中で、偶然にも自分が見つけた彼女は、教育係だった警官が外れたときからそんなに日は経っていない様子だった。足が弱いおばあさんの荷物を引ったくった男を素早く捕らえ、抵抗されにくい体勢をさせようと体を軽く捻ろうとした彼女に、男はニヤついた顔でとあることを囁いた。唇の動きを見る限り、見逃してくれ、というところだろう。そのまま男は金をちらつかせた。とても見えないというわけではなかったが、すれ違っていく人々のようにちらりと視界の隅に入れるだけでは到底分からない角度で。おそらく常習犯だ。何度も見た事のあるその光景に、ブチャラティ小さな緊張感を覚え、軽く歯を噛み締める。しかし、彼女が行動を止めることは無かった。

「ごめんなさい、渡すなら裁判官にして」

そう言いながら隙だらけだった男の手首に手錠をかけた姿は格好良いのか悪いのか。もう無駄なことだと分かっているからなのか綺麗事を言って賄賂を渡すという行為を咎めることすらもしない。おばあさんに荷物を返し、後にやってきたパトカーに男を詰め込んだリディアは、さっきからずっと自分のことを見つめていたブチャラティの視線に気づいた。直感的に現場を見られていたということを悟った彼女は、気まずそうに苦笑いを浮かべた。












「何回か注意したことはあったんですがやっぱり駄目で。結局私、自己中なんですよね」

はあ、と吐き出された彼女の息はこの前とは違って自分への呆れから来るため息と言うに相応しいものだった。明るく装飾された店内に比べ、二人の間を取り巻く空気は重苦しかった。丁度昼休憩の時間になり、リディアはブチャラティと共に近くの喫茶店にいたのだ。彼もリディアの上司と同じように、リディアに興味を持っていたからだった。その興味は良い意味でも悪い意味でもなくて、ただ単に気になってしまい、それを聞くタイミングが偶然訪れたというだけなのだが。

「ちょいと不快に思うかもしれないが……きみはどうして警官になったんだ? 見たところ、警官に対する憧れが志望動機ってわけではなさそうだが」
「……」

リディアは少し顔を俯けて黙り込む。自分は仕事の中で本当に色々な人間を見てきたから、ちょっとやそっと不真面目で屑な理由でも動じない自信はある。そんなことをオブラートに包んで言葉にしようとしたとき、彼女は少し考えるようにんん、と声を漏らした。

「憧れといえば多分憧れのうちに入ると思うんですが……他の人みたいに誇れる理由ではないです」
「構わないさ」
「……内緒にしててくださいね?」

リディアは握っていたカイロをくしゃりと揉みこんだ。気に入られたという上司に貰ったものだろう。この前は氷のように冷たかった手も少しはマシになったのだろうか。

「中学三年生のとき、当時進路候補に入っていた高校の先輩が、なんかこう、すごく眩しくて。結局そこに入学して、結構仲良くなれたんです。その彼が警官になると言っていて、一緒に働きたいと思いました。それが理由です。本当に恥ずかしいものなんですが」
「甘酸っぱい理由だな」
「それ、グラウコさんにも言われました。若いなあって。でもその、恋人になりたいとかではなくて、本当にただ見るだけでも良いんですけど」

頬をほんのり赤く染めて照れくさそうに頭を掻く彼女は完全に恋する乙女だ。もしかしたらな、と思いはしたが、彼女の言う憧れの先輩に悪いし、名前は聞かないことにした。けれどもどうしても可能性を捨てきれなくて、一つだけまた簡単な質問をした。

「それは、叶ったのか?」
「……いいえ。辞めてしまったみたいです。この現状なら仕方がないと思います」
「理由は?」
「分かりません。新聞に書いてあるかもしれないし、多分グラウコさんに詳しく聞けば教えてくださると思います。でも、なんだか悪い気がして。あ、警官になったからには、お仕事は頑張るつもりですよ」

それはきみの仕事ぶりを見れば分かるさ、とブチャラティは笑った。最初に会ったときとは違い明るく振る舞うリディアが、ブチャラティに心を開いた瞬間だった。一方彼の方は自分の部下がリディアと繋がりを持っている可能性について、小さな確信を得たのであった。


重たかった空気が店内の内装に似合う明るい雰囲気になっていたそのとき、慌ただしく店に入店してきた年配の女性がいた。彼女は荒く呼吸をしながら二人のいるテーブルへ近づいていき、リディアの方をじっと見つめる。そしておそるおそる口を開いた。

「いきなりごめんなさい、ローゼさんかしら?」
「え? は、はい。貴方は?」
「……本当に、本当にありがとう! 娘が貴方に助けられていなかったらと思うと……!」

女性はリディアの両手を包み込むと、大袈裟なくらいに何度も頭を下げた。リディア本人は呆気に取られていて、ブチャラティだけがその事情を薄々察していた。幸い喫茶店にはあまり人は来店しておらず、僅かな人々もそれぞれで盛り上がっているようで、誰にも文句を言われることはなかった。

「私はヴェレダの母親です。この前は本当にありがとう」

女性がそう口にした瞬間、リディアははっと目を見開いた。実は彼女は一昨日、強姦されそうになっていた女性を助けていた。その彼女の名前が 「ヴェレダ」 だったのだ。あれは唯一リディアが上司の忠告を聞かなかったことで幸い手遅れにはならずに済んだ事件だった。

「貴方のおかげであの子は元気に学校に通えているの。女性警官の人が助けてくれた、元気づけてくれたって。貴方は警官の鑑よ!」

女性は遠慮気味だったリディアを抱き締めた。リディアが少々苦しそうに嗚咽を漏らしたのを見て、ブチャラティは優しく彼女を引き剥がす。

「ああ、せっかくのランチを邪魔してごめんなさい。これはヴェレダからの手紙よ。受け取ってちょうだい。たまたま貴方を見つけて、どうしてもお礼を言いたかったのよ」

最後に彼女は深々と礼をして、騒いでしまってごめんなさいと店主に謝罪をすると、早々に店から去っていった。女性がいなくなった店内は妙に静かに感じられて、嵐は嵐でも嬉しい嵐だったと、そう思ったリディアは小さく微笑んだ。

「なぜだか今少しだけ、先輩は何故警官をやめてしまったんだろうと思ってしまいました」
「ハハ、あれは誰だってそう思うよ。あんなに感謝してくれる人間はそうそういないさ」

リディアは悲しそうに少し眉を下げる。もうランチの時間は終わりを迎えかけていて、食事代を代わってくれたブチャラティに礼を言ってから、リディアはまた元の仕事に戻ったのだった。





2018.12.2