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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






この瞳を引き立てる


リディアがこのネアポリスの町に配属されたのはつい最近だった。初めての勤務地だったが、彼女にはあまり馴染みが無く、暫くは上司が彼女の教育係をすることになり今日もまた二人で仕事をしていた。警察学校での訓練で流した汗を丸々無駄にしたように太った中年の警官の話を聞きながら律儀にメモを取っている彼女の姿は、傍から見れば新鮮で微笑ましいものだろう。

「そこの路地裏には近づくなよ。もっとも、お前まで男の餌食になりたいなら別だがな」
「はい、了解しました。ありがとうございます」
「お前は他のよりずいぶん冷めてんだなあ」

この時期ならまだ配属されたばかりの若いやつは目をきらっきらに輝かせているのに。そう言われても仕方がないほど、リディアの目はそのきらきらの彼らとは違ってずっと冷めていて、なんというか、現実を知っている目だった。ただ、中年警官はそんな様子のリディアを見ても文句は言わなかった。それは単純に教育が楽だからだ。

「俺はお前の教育係になれてラッキーだよ」
「そうですか」
「まあ、そういう現場を目撃しちまったら男の警官に言いな。さすがに見て見ぬふりはキツイだろ」
「……はい、そうですね。その通りだと思います」

早くもリディアはこの中年警官のお気に入りになったのである。彼はリディアに様々なことを教えた。彼女はその合間に起こった犯罪を取り締まる度に躊躇無く賄賂を受け取る彼を見て、もはやこの人はいろんな意味で悟りを開いているのだな、と思った。思うだけで何も文句を言わないリディアに中年警官は更なる好感を彼女に覚えたようで、そんなときふとすれ違った人影に、彼は迷いなく声をかけた。

「おお、ブチャラティ! 今ちょいとお前の時間を貰ってもいいかい」
「ん? ああ、グラウコか。いいよ、どうしたんだ」

どうも中年警官の名前はグラウコと言うらしい。リディアはそれを今初めて知り、またメモに一文を付け加えた。そういえばこの上司は自己紹介をする間もなく自分を外へ連れ出してくれたんだっけ。ペンを止めた彼女の肩をグラウコは軽く叩く。

「ブチャラティ、やっと俺にもお気に入りができたんだぜ。可愛いだろう?」
「ああ、同意するよ」

なんの迷いもなくそう即答される。言っちゃなんだがこんなことを言われるのは日常茶飯事だし、日本のアニメや漫画という文化のように誰かが誰かにすぐ一目惚れをしたりはしない。それでもブチャラティはリディアの顔をじいっと見つめると、さっきの自分の言葉に納得するように頷いた。

「リディア、こいつとこいつの周りにいるのはこの辺では有名なギャングなんだ。覚えときな」
「お前がそんなに丁寧に教えてやるところなんて初めて見たよ。余程気に入ってるんだな。ブローノ・ブチャラティだ、よろしく」
「リディア・ローゼです。よろしくお願いします、ブチャラティさん」

差し伸べられた手に自分の手を重ねると、彼の手は自分のそれより格段に温かい。

「随分冷たいな。冷え性かい?」
「はい、昔からなんです」

握手した手を解いたリディアはほう、と吐いた息を自分の手に吹きかけた。それはまだ白い霧に変わってしまうような季節ではない。つまり、決して凍えるほどの寒さではないのにひどく手の冷たい彼女は、相当この冷え性に悩まされているに違いない。

「明日からカイロを持ってきてやろう」
「グラウコさん、さっきから私の事子供扱いしてませんか?」
「今更気づいたのか? 俺はお前が来たとき、はじめ入学したての中学生だと思ったさ」

リディアはよく言われます、と初めて彼らの前で笑顔(苦笑いだったが)を見せ、照れくさそうに頬を掻いた。

この国は警察官なんて山ほどいるし、会う度に思い出すということはないのだが、新人でまだ汚職に手を染めていない彼女を見ていると、少なからずブチャラティは元警官だった部下のことを思い出した。見たところやる気に満ち溢れているという訳でもない。きっとこいつは給料だとか、そういう現実的なものでこの仕事を選んだのだろう。派手なことをしなければ賄賂を受け取ってもバレないし、そもそも上の機関までもが腐っている。きっと彼女もそのうち。こんなことを想像してしまうと普段非道的なことをしているくせに、なんだかひどく悲しい気持ちになってしまうのだった。







2018.12.2