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「#幼馴染」のBL小説を読む
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鏡がないと生きていけない


俺は今猛烈に迷っている。彼女に“これ”を指摘すべきかどうか。こんな二文じゃあ何も状況が伝わらないと思うが、この状況を整理すればもっと混乱する気がしてしまうのだ。

まず初めはリディアがアジトへ来たことから始まった。別にこれはおかしいことではなかった。居心地が良いらしく、アバッキオがいなくてもリディアはよくここへやってくるのだ。惚気話を聞かされるのはしょっちゅうだった。いや、それは別にいいか。話を戻そう。

なんでも最近風邪が流行っているらしいとかでリディアはマスクをつけていた。問題はその後。もう室内だからとマスクを外したリディアの唇には、明らかにアバッキオのものだと思われる薄紫のルージュの色が残っていた。

「……どうしたんですか?」
「あ、いや、なんでもない。気にすんな」
「?」

今が指摘するチャンスだったのに何やってんだ俺は!

いや、もしかするとこいつはアバッキオのルージュを借りただけなのかも……いやいや、それはない。まず明らかにアイメイクや服装と合っていないし、その薄紫の色は綺麗にその唇を染めているわけでなかった。唇全体に色が乗ってはいるが、所々ムラがある。これらからわかることは……いや、想像しないでおこう。精神衛生上よろしくなさそうだ。でもこのまま指摘せずにいるのも同様の理由でよくない。ハッキリと指摘されるのはさすがにリディアでも嫌だろうし、それとなく伝えるかその色を落としてやるように言わなければ。

「……あー、リディアさ、ノド乾いてねえか? 冷蔵庫に色々あったはずだから、飲んでいいぜ」
「いや、別に私は」
「遠慮しなくていいって! お前はアバッキオの恋人なんだからさ!」
「……? いや、でも」
「いいからいいから!」

アバッキオがそのルージュを塗り直しているところをよく見るから、きっとそれは落ちやすいはずだ。
冷蔵庫からたまたま目の前にあったコーラを取り出し、プルタブを開けてリディアに差し出す。彼女は炭酸は苦手なので、と受け取るのを拒否した。理由は尤もだが、今すぐにでもその色を落としてもらわないと困るんだ! と、無理矢理彼女の手にコーラを押し付けたが、余程嫌いなのか抵抗をやめようとしない。

もうこいつの顔にコーラをぶっ掛けてやろうかと思ったそのとき、勢いよくドアが開く音がした。


「リディア! いつの間に家を出て行ったと思ったら……」
「!」

ドアを開けたのがアバッキオだと気づいた瞬間、反射的に俺が持っていたコーラの缶をたたき落とすような動作をした彼女に、俺はアバッキオがやって来た衝撃も相まって缶から手を離してしまった。中の液体は重力に則って、リディアの頭と白いブラウスへと落っこちた。缶がそのまま液体と一緒に彼女の頭へ接地し、そのまま跳ね返って床へと落ちる。そのやけに良い音と、いたっ、という彼女の声が異常に頭を響かせた。俺は冷や汗が止まらない。

「……」
「……ミスタ、」

これはヤバい。拳骨が降ってくる予感がする。ちゃんとそういう訓練を受けているアバッキオのそれは頭蓋骨が割れるくらい重い。それだけは避けたいという一心で口は勝手に開いてしまった。

「……しょーがねーじゃんッ! お前の口の色がこいつに移ってたから取ってやろうとしたの!! 元はと言えばクソ長いキスしてるお前が悪いんだかんな!!」

はあー、と息を荒くしながら横目で見ると、リディアの頬にはコーラではない冷や汗が伝っていた。恐る恐る彼女は自分の唇を指で擦ると、その指先には今まで彼女の唇に乗っていた薄紫が付着する。それは元々彼女の指を濡らしていたコーラを弾いて、油分が雫の表面に浮いていた。

「……、」


じわりじわりと彼女の顔に赤みが帯びて行くにつれて自分の冷や汗の量も明らかに多くなってくる。アバッキオの影に自分の体がすっぽりと収まった時、俺は覚悟を決めて頭に降る痛みへと備えた。




2018.12.24