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「#幼馴染」のBL小説を読む
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はやく帰ってこないかな


「あれ? ブチャラティさんじゃあないですか」


ふわりとしたパフスリーブのブラウスとスカートが視界の隅で揺れた。初めて会ったときはかっちりとした警官の制服を着ていたから、アバッキオと一緒に挨拶に来たときも新鮮に思ったことを覚えている。それが一番彼女に似合っていた服装ならば尚更だった。

「久しぶりだなリディア、こんな平日の真昼間に会うなんて」
「今日は仕事が休みなんです」
「もう新しい仕事を始めたのか。……アバッキオは嫌がりそうだが」
「最初はちょっと嫌そうな顔をされたんですけど、私も働かないと生活できないので」

苦笑いをして頬を掻くリディアはどこか嬉しそうだ。その外見から見れば意外だし、女性なら誰でもそうなのかもしれないが、彼女は勘が鋭い。それこそ 「女の勘」 というもののように。早い段階からアバッキオのことも気づいていた様子でもあったし。でも職業の違いからそれにも気付かないふりをしていたから、きちんと我慢ができる女性なのだろう。

「今日アバッキオは確か任務が入っていたはずだが」
「あれ、そうだったんですか? じゃあ今日はもう帰ろうかなあ」
「せっかくそんな可愛らしい格好をしてるのに良いのか?」
「ふふ、ありがとうございます。先輩から一人ではあまり出掛けないように言われてて。職場も家から近いのに、タクシーを使えって言うんですよ」

アバッキオがこんなにも彼女に過保護な理由は彼の過去を知っている自分なら分かる。ただ彼女はそれを鬱陶しく思っている様子ではないから、これを話す必要はなさそうだ。ひょっとしたらアバッキオからもう話しているのかもしれない。
自分は惚気話は聞いていて気が悪くなるタイプではなかった。むしろ幸せそうな話を聞けて何よりだ。だから今回も変わりなくそう思って、自然な流れで素直にもっと二人の話を聞きたいと思った。

「なら、オレと少し話さないか。きみの前でのアバッキオのことを聞いてみたい」
「そんなに変わらないと思いますけど……じゃあ、私にも先輩のこと聞かせてくださいよ?」

もちろん、と返事をすると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。








「そんなワケで、この前代わりのルージュを買ってもらえたんです。先輩と一緒に選んだんですが、付けたその日からいろんな人に褒めてもらえちゃって、すごいですよねえ」
「アバッキオは化粧品に詳しそうだしな」
「ふふ」

嬉しそうにはにかむリディアはレモンフレーバーののジェラートを口に含んだ。笑みを零す彼女はとても幸せそうだ。

「なんだかこうして話していると、ブチャラティさんがギャングだなんて思えないです」

実は警官だった頃からちょっと思ってたんですけどね、とリディアは遠慮気味に付け足した。俺も彼女に出会ったときは同じ気持ちだったことを思い出した。いくら目元がキツく見えるようにメイクを施していても、誤魔化せないところは沢山ある。だから失礼かもしれないが、今こうしてごく普通の一般人として働いているのは彼女らしくて良いと思う。

「そういえば、あのときの怪我はもういいのか」
「はい、もうすっかり良くなりました。おでこにちょっとだけ傷跡が残ったくらいです」

リディアが自分の前髪を軽くかきあげると、髪の生え際あたりに確かに傷跡が見えた。

「私にこんな傷を残してくれたお薬が大好きな方は保釈金を払ったみたいで、今はこの街のどこかにいると思います。もう嫌になっちゃいますよ……」
「……知らないのか?」
「え?」
「ああ、いや、なんでもない。こちらの話だ。忘れてくれ」


そうか、彼女は知らないのか。それなら知らない方が良い。無闇にこちら側の話に耳を傾ける必要もない。
だがしまったな。彼女の場合もう女の勘と元警官の勘が合わさってもうほぼほぼ察してしまったかもしれない。





「……あッ! もうこんな時間だ。ごめんなさい、私もうそろそろ帰ります。今日は楽しかったです、ありがとうございますブチャラティさん! とくに最後のお話が!」



ああ、やっぱり!


彼女は見せつけるように前髪の上から傷跡のあたりをとんと指で叩くと、手を振りながら通りの人の群れの中へと消えていった。

上司としての信頼に関わるから、くれぐれもアバッキオにこのことを言わないでくれよと願うばかりだ。


2019.2.28


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