×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -






紫交じりのピンクが似合う


「ッ、ま、待って、待ってください、……先輩!」


“先輩” その一言が耳に入った瞬間、アバッキオは足を止め、振り返った。思ったより彼女との距離小さかったのは、リディアの方もアバッキオとの距離縮めていたからだった。彼女はしまった、という感情と、ある種の覚悟のようなものが混じったような目をしていた。

「……気づいてないとでも思ってましたか? どれだけ私が、先輩のことを見てたと、思って……」
「……、」
「私のことを突き放そうと考えていたみたいですが、同時に心配もしてくれましたよね。それは今はギャングだとしても、根は変わってない、ってことなんですよ、」

無理矢理に口角をあげてリディアはそう続けた。アバッキオは言葉が出なかった。まさかリディアは最初から分かっていたなんて。無意識に足が苦しそうに笑う彼女の方へ向かったいることさえも気が付かなかった。その間にも彼女は目からぼろぼろと零れていく雫を指で掬っては、時々掬いきれなかったそれで地面を濡らした。

「最初は見れただけでも良いと、思っていました。でも先輩があまりにも変わっていなくて……うぅ」

変わったことなら山ほどある。むしろ変わったことしかないのに。とうとう泣き崩れたリディアを目の前にして、やっとアバッキオは自分の声帯に力を込めた。

「……オレがもしお前の言う“先輩”だとして、オレとお前が関わりを持つことは絶対に許されない」
「私が警官だからってことでしょう? 私はもうとっくに辞めました。この事件に遭う前に手続きをしていて……あの日は最後だったんです。新しい仕事も決まっていたのに、本当に運が悪いんですが」

次々に外堀が埋められていく感覚は止まることなく続いていく。

「お前は、理由がないだろう。上手く仕事をしていたはずだ」
「……襲われていた女性を助けたときから薄々限界は感じていました。どれだけ人々に感謝を伝えられても、それは消えなかった。それで私は、貴方が警官だったとき、どんな気持ちで仕事をしていたのかも分かりました。こんなことを言えば貴方は怒るかも知れませんが、私は昔の貴方のように心の底から警官になりたいと思っていたわけじゃあないんです」

バツが悪そうに顔を伏せたリディアを見て、同時に思い出した、警官になって初めて仕事をしたときの感覚。その仕事は瞳を煌めかせて想像していたそれとは完全なる真反対で、その現状に失望したときのことを思い出した。もちろん、感謝を伝えられて仕事に誇りをもてたこともあるにはあった。だがそれは今の彼女と同じで、恩知らずの人々から与えられるストレスには到底及ばなかったのだ。

「今の現状だってそう。でも私は、貴方と再会できて本当に嬉しかった。見るだけでも、では収まらない。昔みたいに先輩と、話す時間が少しでも欲しい。……もう、駄目なんですか?」

目尻を赤くした彼女はくしゃりと自分の髪を握りしめた。もう頬を伝っていた涙も乾き、当たって砕けろとでも言うようにリディアは自分の願いを口にした。

「……少しの会話でも、お前が暗殺される可能性は高くなっちまうんだぜ。人殺しやそれに協力したことだって山ほどあるんだ」
「……ギャングの方々がどんなことをしているのかは全てではありませんが知っているつもりです。でも、嫌なら最初から声を掛けたりはしません」

リディアがそう言うと、アバッキオは座り込んでいた彼女に合わせて膝を曲げた。リディアは少し不安そうにちらりと彼の方を見やったが、それさえも包むようにゆっくりと息を吸い込んで、俯いていた彼女の顔を覗き込むようにさらに距離を詰めた。

「……なら話すだけでも、なんて貧乏臭いことを思う必要はねえな。もっと贅沢な望みでも良いくらいだ」
「え?」

その直後、行き場を失っていたリディアの片方の手が、アバッキオの両手に包まれた。それはとても暖かくて、自分の体温をその指先から着実に上げていく。リディアが言葉の意味を理解したとき、静まっていた涙がまた湧いてきて、その雫は今度は自分の手を包むアバッキオの腕を濡らした。

「ほんとうに、ほんとうに、良いんですか……?」
「嫌なら最初からこんなことを口にしちゃあいない」


アバッキオがまた目尻から滲んだ雫を掬う。涙が彼の指の第二関節までを濡らしきった時、その二人の影はゆっくりと重なった。



2018.12.7