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「#幼馴染」のBL小説を読む
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伊黒さんと髪

視界の隅で靡く長い黒髪が鬱陶しくて仕方がない。艶のある綺麗な髪ならまだしも、あれは特に髪の先が痛みまくっていてしかも長さが揃っていないし、目も当てられない。

「おい名前、いい加減その髪をどうにかしろ」
「ご、ごめんなさい、すみません」

おどおど、という字面が一番似合うのは絶対に此奴だと俺は思う。いつまでも自信がなくて、鬼の頸を斬るときでさえ不安そうな顔をする。鬼の体が崩れ切ったときにやっとほうっと息をつくのだ。

「どうして床屋にいかない? 時間は沢山あるだろう」
「え、ええとあの、ごめんなさい、や、や、約束、したので……」
「は?」

思わず出てしまったなんの意味も成さないこれが彼女にとっては威圧感のあるものに聞こえたらしく、その小さな体をさらの縮こませた。

「昔に、近所の女の子に『もう整えちゃだめ』って言われたんです」
「……それ、いくつのときだ?」
「十二歳くらいのときです」

その答えを聞いた瞬間、彼女はとんでもない勘違いをしているのだと悟った。そんな年齢なら、悪事とそうでないことの区別なんてつくはずだ。もし仮に親切心で名前の髪を切ってやったとして、それはありえない。彼女の髪の長さは明らかにガタガタでわざとやったというようにしか見えないからだ。

「お前、それは無理矢理切られたんじゃないのか」

図星だとでも言うように名前は目を見開いた。此奴の性格なら誰かを苛つかせることなんて日常茶飯事だったのだろう。まあ、そうだとしてもこんなことは到底許されるものでは無い。

だが、きっと彼女がそれでも無理矢理取り付けられた約束を守っているのは、相手が鬼に殺されたからなのだろう。


「そんなものを残していたって何にもならない。周りにいる奴に不快感を与えるだけだ」
「い、伊黒さんも、私に似た髪型じゃないですか……」
「はあ? お前は髪が痛みすぎてるし長くて鬱陶しい。それでなぜ鬼と戦えるのか不思議なくらいだ。何より、俺は自分で望んでこの髪型にして……」


そのとき、伊黒さんはいますか、と自分を呼ぶ声が聞こえた。名前にここで待っておくように言ってから、広い玄関の先の戸を開けた。

「伊黒さん、こんにちは。約束通り持ってきましたよ、髪切り鋏」

その先にいたのは胡蝶だった。先程まで名前と過ごしていた部屋に案内すると、名前はまたその髪を揺らして首をかしげた。

「こ、胡蝶様? どうしてここに?」
「こんにちは名前さん。伊黒さんに、貴方の髪を切るように頼まれたので」

びく、と名前が軽く自分を髪を掴んで体を強ばらせる。ちらりとこちらに視線を向けたのがわかった。

「部屋が髪まみれになるのはごめんだ。だから風呂で切ってもらえ。俺はここで待っておく」

え、え? と戸惑う彼女を胡蝶が風呂場へ引っ張っていく。襖で彼女の全身が隠れたとき、「伊黒さあん」 なんて情けない声が聞こえた。





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「さて、ではどんな風に切りましょうか。貴方なら何でも似合うと思いますが」
「え、ええ……?」

まだ混乱している名前さんの髪を軽く手ぐしを通すと、傷んでいるにしては髪は絡んでいないようで、すうっと滑らかに指が進んだ。

「昔の約束なんか忘れてください。どんな髪型にしますか?」

この子は押しに弱い性があるから、少し強引に事を進ませれば簡単だろう。伊黒さんなら尚更だろうに。不思議に思うけれど、それは彼女のことを思ってのことなのか、単純に人の髪に触れたくないのか私には知る由もない。

さっきまで今も彼女を過去と同じ 「無理矢理」 な状況にさせているのは大丈夫なのか少々心配ではあったが、本人も本気で嫌がってはなさそうだ。満更でもなさそうに悩みこんでいる姿はとてもそうには見えないだろう。

「ええと、では……」




このあと夢主が実は伊黒と同じ髪型にしたっていうことを書きたかったのに、それを見た後の伊黒の反応を書くのがなかなか上手くいかなくて没になりました。ごめんなさい。



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