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現実逃避症候群
「うわああんナランチャさあんしなないでくださいよお」
「だから平気だっつーの! 」

俺の肩をしっかりと支えながらもナマエは泣くことをやめなかった。二人での任務で俺はかなりの重症を負ってしまって、任務を遂行できたはすぐに手当しないと危険な状況だということ自分でも理解出来ていた。

こいつはつい最近俺達のチームに入ってきたばかりで、なんと最近まで日本の高校生だったらしい。修学旅行でこのイタリアに来て、スタンドが発現して、それがどこからかボスにバレて、と、トントン拍子に事が進んでしまったらしいのだ。おそらくスタンドが発現した原因は俺達と同じポルポのライター。試験に失敗したやつがびびって捨てた(再点火するという選択肢は浮かばなかったらしい)のを変な興味が湧いたこいつの友達が点火しちまったらしい。その証拠にその友達は謎の死を遂げていた。

「ナランチャさんは出血が酷いんです。ここからなら私の家の方が近いので、そこでちゃんと手当をしましょう」



さっきとは打って変わって落ち着いたトーンでナマエが言った。でもまだ声が震えているから、完全に冷静になってはいないらしい。言われてみれば確かに頭がぼうっとしてきたような気がする。でも女の世話になるのはなんだかカッコ悪い。

「別にイイよ、こんなの大した怪我じゃあねえ」
「だ、駄目です! だって今だって私に支えられてないと立てないでしょう?」
「そーだけどよォ……あーもう、分かったよ!」

こいつの言うことはまさにその通りで、ヤケクソになって仕方なく了承の返事をすると、ナマエはよかった、と自分の涙を拭った。





「……なんだこれ」

ナマエの家まで来て最初に目に飛び込んできたもの。見たことのない分厚い生地に綺麗な模様が描かれた服に、オレがフーゴとやってるのよりもずっと難しそうな参考書。そしてクラリネット。本棚には日本語で書かれた本。アンバランスというか、系統がバラバラすぎてなんだか奇妙な光景だ。

「この服はなんだ?」
「それは“キモノ”といいます。日本の民族衣装です」
「あそこに詰んでる参考書は?」
「学校で使っていたものです」
「……あのクラリネット」
「私、吹奏楽部でクラリネット担当だったので」
「全部取り寄せたのかよ……」


他にもよく見ればあちこちに見たことのない雑貨も置いてある。おそらく民芸品とかそんなものなのだろうか。なんというか、一言で表すと“現実逃避のため”の部屋みたいだ。


「こんなのでもだいぶマシになったんです……前は床に畳も引いてましたから」
「ふーん」
「……じゃ、包帯巻きますから、加減が強すぎたり弱すぎたら言ってくださいね」

タタミというのもよく分からないが、それもきっとナマエの故郷の文化の一つなのだろう。包帯を取り出そうとナマエが救急箱の箱を開けたとき、清潔そうなアルコールの匂いがした。真っ白なそれを傷口に当てると、そこはみるみる真っ赤に染まっていく。ナマエは少し怯んだようにしてから、まだ手際よくぐるぐると包帯を巻いていく。


「……日本で包帯使う機会なんてあんまりなさそーだよな」
「そうですね。捻挫とか骨折ではよく使いますけど、その機会も人によってはほとんどないので」

ナマエはその“機会がない”人間だったのだろうか。そうだとしたら、今までほとんど使ったことのなかった包帯をこんなに慣れた手つきで使えるようになったとき、どんな気持ちだったんだろう。上手く言えないけど、なかなか良い気持ちとは言えない気がする。


「その……私、この組織に入ったときからずっと泣いてばかりで……あ、今もなんですけどね。でも、そこからまた笑えるようになったのは、ナランチャさんのおかげなんですよ」
「な、なんだよいきなり」
「ブチャラティさんは私には眩しいし、アバッキオさんは正直に言うとまだ怖い。フーゴさんも。ミスタさんは私をよく揶揄って遊んでくるし、ジョルノくんは私なんかより賢くて多分呆れられてると思う……だからナランチャさんといるときが一番心地良い、気がするんです」


包帯を巻き終わった傷口のあたりをナマエは優しく撫でると、オレの手を両手で包み込んだ。白くて柔らかい手だ。少し俯いたナマエの髪が目に入る。綺麗な黒髪。いつもはいい匂いがするのに、今は鉄臭いにおいと混ざってなんだか変な香りだ。

「だからその……心配、だったんです。ナランチャさんが怪我したの。鬱陶しくてごめんなさい」
「う、嬉しいんだけどよォ、俺、どんな顔すればいいのか分かんねーよ……」

俺からすればナマエがチームに入団したのは妹分が出来たみたいで嬉しかった。フーゴは年下だけど俺よりも先にチームに入っていたし、アバッキオのミスタも俺より年上。それに俺はチームで一番背が小さくてよく言動が子供っぽいと馬鹿にされるから、後輩らしい後輩ができたのはナマエが初めてだったのだ。頼られたり世話を焼くのが楽しくて仕方がなかった。ナマエ側にそれを押し付けてしまったこともあっただろうに、ナマエがそれを心地良く思ってくれていたと思ったら、今更なんだか照れくさくなって無意識に頭を掻くと、その様子にナマエは嬉しそうにはにかんだ。俺もナマエが自分を慕ってくれているのなら悪い気はしないはずはなかった。




「……もう遅いですし、泊まっていきますか?」
「ばっ、馬鹿じゃねーの!? もうちょっとキキカン持てよ!」




2019.2.9