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竜胆の優しさ
静まり返っていたアジトに、突如電話が鳴り響く。冷や汗を垂らしたブチャラティがすぐに電話を取ると、そこからはすすり泣くような声が聞こえた。……ナマエの声だった。


“任務、完了しました……ぐず、迎えに、来てもらっても、いいですか、ごめんなさい、追いかけてたら、遠いとこに来ちゃってて……ううっ、すみませっ、ごめんなさい、ぃ”


取り敢えず生きてはいる、みたいだ。ブチャラティは彼女に何回か質問をしてから電話を切った。ブチャラティによると、あいつは今隣町の廃工場にいるらしい。生憎そこに逃げ込まれた末始末したようで、きっとそこは元々の雰囲気も相まってさぞ残酷な光景になっていることだろう。

「アバッキオ、迎えに行ってやれ」
「あ? いいのかよ? あの小娘いつも俺を怖がってたじゃあねえか」
「他のやつはまだ任務中なんだ。俺はポルポの奴にこれを報告しに行かなければならない」


ブチャラティは車の鍵をこちらへ投げた。面倒臭いことになりそうだ、とため息をつきながら、俺は手に持っていたものをポケットに突っ込んだ。










「うわあああんアバッキオさんわたしほんとうに、ほんとうにしぬかとおもいましたああ」
「くっつくんじゃあねえ! 涙で濡れるだろうがッッ!」


コイツ、いつもは俺を避けてばかりなのになんでこんなときに限ってくっついてくるんだ。今日に至ってはきつい言葉を投げかけても一向に離れようとしない。
なんとか引き剥がしてこいつが目を背けていた状況を確認すると、そこにはなんとも奇妙でグロテスクな光景が広がっていた。


ただの球体。

それがぽつんとひとつだけ壁に寄りかかっている。まわりの壁や床には血があらゆるところに飛び散っていて、球体の底からはまだ新鮮な血液が流れ出ている。物体自体も赤く染まっていて分からないが、どうやら元の色は肌色、詳しくいえば始末対象だった男そっくりの褐色だ。いや、この球体がその男だったもの、か。

つまり 物質を“無理矢理にでも”球体にまとめる のが、こいつの能力なのだろう。こんなやつには少々持たせては行けない能力な気がするが、思っていたよりずっとこいつの精神力はタフだったらしい。ともなれば今までの情けない言動の数々は演技……いや、不安を解消するためだけの目的にすぎないのだろうか。少なくとも、ただただ怯えているだけではなさそうだ。正直、今の様子を見ているととても信じられそうにないが。


「ほんとう、ほんとうにだめなんですよお、骨とか皮とかが剥がされてまとまっていく音がほんとうに、うええ」
「っおい、ここで吐くんじゃあねえぞ」


幸いにも嘔吐くだけで留まったナマエは涙を拭った。その拭う手すらももうすでに自身の涙で濡れきっている。

「……取り敢えず、帰るぞ。あとは始末屋チームに任せりゃいい」


また涙を拭おうとする手を無理矢理掴んで、そのまま停めていた車の中へと押し込んだ。

もう危険は去ったのにも関わらず、助手席で設置されていたティッシュをまぶたに押し付けて啜り泣いているこいつに俺は一度小さく舌打ちをすると、ポケットの中に入っていた小さな袋をナマエの膝の上へと投げ捨てた。ナマエはびくりと体を震わせると、恐る恐る濡れたティッシュからまぶたを離し、それを手に取った。

「……金平糖? これ、私がもってた……」
「持って来といて正解だったな。いつまでも泣かれちゃこっちまで苛々してくるんだよ。それでも食べて自分の機嫌くらい直しとけ」


“金平糖”というものは砂糖を煮詰めて結晶にした菓子で、こいつの出身国、日本の食べ物らしい。ある日ブチャラティがどこかの店で見つけてから、よくナマエが自分で買ってアジトにいるときにつまんでいた覚えがあった。どうせまたグズクズ泣いてるんだろうと、テーブルの傍に置いてあったそれをポケットに突っ込んできたのは正しかった。

「……ありがとう、ございます」
「ったく、手間かけさせやがって」


こいつの涙はやっと治まってくれたようで、最後にずるりと鼻を啜ると、ナマエはひとつ、金平糖を口に含んだ。ぽりぽりと砂糖の結晶を噛み潰す音が、音楽もかけていない車内に響いた。





「……しょっぱい」
「涙まみれの手で食べたんだから、そりゃあそうなるだろうよ」



2019.3.4