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猫を被る




キメツ学園





同じクラスの我妻善逸くんはとても優しい。そして振る舞いも物腰柔らかで話し上手。風紀委員の仕事も真面目にこなしていて、違反している子がいても優しく、でもしっかり注意する。
それが、私の彼への印象だった。

「それ、我妻じゃねえぞ」
「えっ、 双子だったんですか!?」
「違ぇよ!!」

だん、と宇髄先生は机を叩いた。こういう話は宇髄先生が得意って聞いたからここに来たのに。もしかして筋違いなことを相談してしまっただろうか。いやでも、今日の放課後二人で出かけないかと誘われた、なんて、まさにこの人の得意分野だと思ったのだけれど。

「……まあ、いいんじゃねえの。どこに行くんだ?」
「キメツモールです! ふわっふわのかき氷屋さんがあるって!」
「……っあー、なるほどな」
「?、宇髄先生、悪魔みたいな顔になってますけどどうかしましたか?」
「誰が悪魔だ!」

怒られてしまったが、そのとき確かに宇髄先生は悪魔のような、何か企んでいるような顔をしていた。

このとき私は、まさかあんな事件……いや、そんな大層なものでもないかもしれない。でもとにかく、私にとっては重大な事件に成りうる出来事が起きるなんて、知る由もなかったのだ。

***



「ごめんね、待った?」
「ううん、全然! 早く行こ!」

教室の前で待っていてくれた善逸くんはにっこりと笑って、体操着の入った私の手提げを持ってくれた。こういう所も親切で好きだ。こういう時に限って終礼が長引いたのはかなり残念だったが、やっぱりちょっとラッキーだったかも。

「待ってる間にメニュー見てたんだけどさ、何か食べたいものある?」
「わ! すごい! うーんどうしよう、ミルクティーかイチゴで迷っちゃうなあ」

お店まで向かう途中、善逸くんがスマホで調べてくれたかき氷屋さんのホームページをじっと隅々まで確認する。うん、やっぱりミルクティーかイチゴだな。どちらも美味しそうだけど、多分ミルクティーの方カロリー高い、よね?
そんな私に、善逸くんがひとつ提案をしてくれた。

「……じゃあ、片方は俺が注文しようか? それで、あとで交換しようよ」
「えっ! 善逸くんも食べたいものあるんじゃないの?」
「いいのいいの!」

善逸くんに遠慮しているような様子はなくて、私はお言葉に甘えてミルクティーのかき氷は善逸くんに注文してもらい、あとで二人でシェアしようという話になった。
お目当てのお店には人が並んでいたけど、休日だったらもっと並んでいただろう。十分ほど待って席に案内された。そこは窓際の、景色が一望できる場所だった。
注文をして、少しお喋りをしていたらあっという間に時間は経っていたみたいで、今の私の目の前には赤く熟れたイチゴと、美味しそうなベリーソースがかかったかき氷がある。すごく美味しそうで、見ているだけでもお腹が空いてきた。
善逸くんは運ばれてきたミルクティーのかき氷には目もくれずに、今にも涎を垂らしそうな私を見つめていた。その視線に気づいた私はとても恥ずかしくなった。

「ちょっと、見ないでよー」
「ご、ごめんごめん! すっごい幸せそうな顔してるからさ」
「え、そんなに? でもホントに美味しそう! 見た目も可愛いし、善逸くんセンスいいよねえ」

いただきます、と軽く手を合わせて、スプーンで氷を掬う。ゆっくりとそれを口に含んでみると、甘酸っぱい味と心地良い冷たさがふわりと口に広がる。美味しくて美味しくて、思わず声が漏れた。

「……うわ、うわあ、すごくおいしい! 今まで食べたかき氷で一番おいしいよ!」
「……へへ、よかったぁ」

善逸くんはぽっと顔を赤くして、ふにゃりと笑った。ちょっと意外だと思った。こんな柔らかい表情もするんだなって。でも彼は男性であるし、こういうことはあんまり言わない方がいいかな。
そう思い、私はかき氷をもう一口頬張ってから、善逸くんの綺麗なままのそれにスプーンを向けた。

「善逸くん、一口ちょーだい!」
「ヘッッあっ、ど、どうぞ!!」

急に裏返った声に私は ん?と、違和感を覚えたが、善逸くんは相変わらず不自然なほどにこにこしたままなので、有難くミルクティーのかき氷を頂いた。もちろんとても美味しかった。でも少し物足りないかも。
図々しいのは承知で、私はもう一口だけくれないかと善逸くんに話しかけようと彼の方へ向き直った。
しかし、そのとき私の見た彼はなんと目をかっと開き、まさに鬼のような形相で何かを睨んでいた。私は思わず面食らってしまってスプーンを手から離してしまった。からんと皿にぶつかってる音が鳴る。まさか何か粗相をしでかしてしまったのだろうか。

「あ、あの、善逸くん……?」
「ぎゃああああ! なんでお前がここにいるんだクソ!!!」
「!?」

がたん、と善逸くんが席を立つ。周囲に人が沢山いて密集しているのもあって、誰も見向きもしてくれない。クソ?? 善逸くんがそんな言葉遣いするなんて。

「うわっ、バレちまったか」

後ろのテーブル、つまり私からは見えないその場所にいたのは、なんと宇髄先生だった。あといつも食堂にいるまきをさん、須磨さん、雛鶴さんも変装のつもりなのかサングラスを付けてそこにいた。

「え! なんて宇髄先生がここにいるの!?」
「今時の女子が好きそうな店を知らないかって誰かさんに聞かれてなあ。今日お前の話を聞いてまさかとは思ったが」
「失礼だな! なんで来たんだよほんと!!」
「あの善逸くんにも春が来たんだなあと思って! まさかなまえちゃんだったとはね」

須磨さんがにやにやと頬を赤らめて私を見ている。まきをさん、雛鶴さんも同様に。そして善逸くんはずっと宇髄先生にぎゃんぎゃんと何か文句を言っている。なんで来たんだ、とか、そういうのは放っておいて見守るもんじゃないの? とか。私はというと、まるで硝子が割れていくように崩れていく放課後までの善逸くんへの印象に、正直言って混乱していた。

「せっかくデートするところまで来たのに! お前のせいで台無しだよ……」

次第に善逸くんの声が小さく、震えたものになっていく。様子がおかしさに私は流石に心配になり、やっと彼に声を掛けた。

「あ、あの、善逸くん、大丈夫?」
「……なに? もう失望したでしょ、おれになんて、うっ、うう、」

私が話しかけた途端、しくしくと善逸くんは泣き出してしまった。宇髄先生たちがぴきりと固まる。流石にやりすぎたと思ったのだろう。小さい声で「すまん」「ごめんなさい」と小さく頭を下げて、かき氷屋さんからそそくさと出ていってしまった。「あとは任せたぞ」と私に目配せをして。無責任にも程がある。

「ぜ、善逸くん、失望なんかしてないよ、だから……」
「してるもん、そういう音だから」

善逸くんはぐずぐずと鼻水を啜りながら泣いている。視界の端で無残な姿になったかき氷が見えて、さらに気まずくなった。どうしよう。なんて言えばいいんだろう。
結局のところ、私は彼に失望していないし、むしろほっとしていたのだ。

「確かにその、びっくりはしたけど……でも、その、」
「もう帰っていいよ、お金がおれが払うし、これ以上女の子に猫被るような男と一緒に居たくないでしょ」
「ち、違う!それは違うよ!」

思わず大きな声が出てしまって、善逸くんはびくりと少し飛び上がって、目を擦っていた手を止めた。

「い、今までいい人すぎるというか、なんでこんな人が私にって思ってたから……! 善逸くんもそんな言葉遣いするんだなってちょっと安心したといいますか……」
「それ、慰めてるの?」
「わ、分かんないけど!……そ、その、まだ本当の善逸くんのことあんまり知らないし、私の勘違いじゃなければ、また一緒にデート行きたいなって……」

私も恥ずかしくて、善逸くんの目を見なかった。だから彼が黙り込んでしまったとき、私は恐怖で再び目を合わせることが出来なくなってしまった。もしかして本当に私の勘違いだった? と、さらに顔が熱くなってくる。そう思うと、先程の宇髄先生たちのようにここから早く逃げ出したかった。

「……ほ、ほんとに?」

声が聞こえる。恐る恐る「ほんとだよ」と震えた声で返した。私達の間に沈黙が走る。どうしても気になってしまって、おずおずと善逸くんの方を見やった。すると、彼は心底安心して、そして嬉しそうにふにゃふにゃとわらっていた。

「……よ、よかったあ、俺……ほ、ほんとに、よかったあ……」

その笑顔に、思わず私も口角が上がる。相変わらず会話に夢中な周りの人は私たちに見向きもしない。けれどどこかで、「良かったな」と笑う宇髄先生の声が聞こえた気がした。



2020.2.24


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