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「#幼馴染」のBL小説を読む
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脅威のギャップ




※キメ学






俺には幼馴染みがいる。でもそいつは、女だが女じゃない。小学校の時から握力は女子一で、家庭科で作ったエプロンは糸が絡まったり解れたりしていて先生も苦笑いだったし、それに学校でも冨岡先生が面倒臭いからと化粧もせずまっさらな状態でいつも学校に来る。髪型は普通だけど、文化祭の日ですら何もしてこない。確かにここは化粧禁止だけど、クラスの女子を見ているとうっすらしてる子が多いし、というか女子ってそういうもんじゃないのか? 性格だってあまり素直じゃないし、強気で大人しさの欠片もない。もしかしてこいつ、女を捨てているのか? 馬鹿じゃないのか?


……なんて、思ってた俺の方が馬鹿だった。認めます。女子とはこんなに変化がある生き物であるということを、俺は知らなかったのだ。

「おーい善逸? 起きてる?」
「ぅおう!?」

目の前にいるのは可愛い格好をした立派な女の子だった。この子が俺が冒頭で言ったはずの幼馴染である。何? いつの間になんでこんなに可愛くなってるの? 昨日まではすっぴんのやる気のない顔で授業を受けていたはずなのに。

「禰豆子ちゃんとのデートの練習台になって! って言ってきたの誰だっけ?」
「お、俺です……」
「デートなのにぼーっとしてるってどういうわけなの? このままなら禰豆子ちゃんに振られちゃうかもね」

派手すぎない上品な化粧で、まつ毛がくるんと綺麗にカールして自然に目を引きたてている。髪型もいつもより全く違うもので、いつものポニーテールを綺麗に丸くまとめた、みたいな。シニヨンって言うんだっけ、ああいうの。なんか、OLのお姉さんみたいな髪型だ。パステルカラーのロングスカートがふわりと靡いて、なんか、すごい。清楚って感じだ。前はゴリラみたいだと思ってたのに。

「なんか今失礼なこと思わなかった?」
「お、思ってマセン!」
「そう? ほら、デートの練習するんだよね、早く連れてってよ」
「エッ!? 手繋いでいいの!?」
「幼馴染なんだし、ちっちゃい頃もやってたじゃん」

不思議そうにしながらもなまえは差し出した自分の手を引っ込めることはしなかった。俺は滲んできた手汗をズボンでこれでもかと言うほど拭いて、恐る恐る手を重ねた。そのまま指を折り曲げると、なまえのすらりとした指の形が嫌でもわかった。手のひらは少し硬かった。そういえば、こいつテニス部だったんだっけ。

「……あの、お前高校でもテニス部入ったの?」
「うん、そうだよ。知らなかったっけ?」
「うん」
「最近あんまり話してなかったもんね」

でも、やっぱり懐かしいな、この感じ。隣にいるのは顔だけは初対面の可愛い女の子なのに、中身は何年も一緒にいた幼馴染だ。



***

しばらく歩いて、電車でひとつ乗り換えをして、さらにまた少し歩いた先は、俺たちと同じ高校生くらいの女の子たちが行列を作っている飲食店。ここまで言えば想像できる方もいるかもしれない。

「タピオカ! 善逸昔から甘党だもんねえ」
「いいだろ男子が甘党だってさ! それにこういうとこ、男一人だと入りにくいし……」

「確かにね」となまえは笑った。並んでいる人も店員さんも女性ばかりなのを見れば、誰だって納得してくれると思う。
流行りの店だからか行列はなかなかのものだったが、意外とすぐに俺たちは入店することができ、今現在、俺はお目当てのタピオカミルクティーを啜っている。なまえはハニーレモンジュースをテーブルの端に置いて、メニュー表を眺めていた。

「メニュー表なんか見て面白い?」
「うん。カロリーも書いてあって面白いよ。ちなみに善逸が今飲んでるのは……」
「いやいや言わなくていいよ! 言うな!」
「あはは」
「笑うな!……ほら、なまえも飲みなよ、俺だけ先飲み終わったら暇だろ」
「はいはい」

なまえはハニーレモンジュースを一口飲み干すと、「あっ、おいしい!」と漏らした。ひと安心していたら、ずごご、とストローが中途半端に液を吸う音がして、慌てて止めた。思ったより早く飲み終わってしまったと思っていると、いつの間にかなまえの口はストローから離れていた。

「……もうお腹いっぱい」
「早すぎでしょ! まだそこそこ残ってるよ!?」
「結構本気でむり。善逸のこり飲んでよー」
「は?」

いや、だって、それ、間接キスじゃん。幼馴染とは間接キスできても、顔は初対面の可愛い女の子とはできないんですけど。
思わずなまえのストローに視線を移すと、口の部分に薄ピンクのグロスが付着してきらきらと光っていた。いや、むりむり。無理でしょ。

「さすがに……」
「あっ、口のとこ拭く? 拭いた方がいいか」

そういう問題じゃない!!
拭いても拭かなくても俺にとっては何も変わらない! ただ口にグロスがついてべたべたするかしないか、それだけだ! 一度なまえの口がついた時点でそこに俺の唇が触れればそれは紛うことなき間接キスなんだよ!

「これでいい?」
「いや、あの」
「私相手なら善逸でも飲めるでしょ」
「……」

ここまで言われてしまっては、もはや断る権利など無いに等しかった。
いや、よく考えろ我妻善逸! 残ってるのは3分の1程度だ。一気飲みすればそれほど時間はかかるまい。

「……、〜〜!! げほっ、お゛えっ」
「わー!! 大丈夫!?」

焦りすぎた。女の子に背中摩ってもらう俺、かっこ悪すぎて泣ける。もう泣きたい。

「そとにでたい」
「もうちょっと落ち着いてからにしたほうがいいと思うよ」
「そうだねえ……」
「善逸、なんか今日変だけど、大丈夫?」
「いやいやこっちは変じゃないし!? 変なのはお前だよ!! お前!!」

なまえは「えっ」と目を丸くした。
もう我慢できない! そうすべてをぶちまける勢いで口を開けば、そこはもう止まらなかった。

「そりゃあさ、『デートの練習なんだからお洒落してこいよ』とか言った俺も悪かった!けど! さすがにここまで可愛くなるとか反則じゃない!? 可愛い女の子が来るとか俺聞いてないんですけど!? いつもはすっぴんなのに!!!」
「……、……いや、あれは、とみ」
「さすがに酷くない!? どきどきしてたら意外と話盛り上がって、『あっやっぱり幼馴染のなまえだ』って安心してからのこれ! 間接キス! 俺のほっとした時間返せよ!!」

肺が悲鳴をあげていた。店内は俺の声のせいですっかり静まり返っていて、追い出されないだけマシだと思った。
恐る恐る視線を上げると、下を向いて震えているなまえの姿があった。笑いを堪えているのかと思ったその直後、耳が赤く染っていたことに俺は気づいた。
するとなまえがいきなりばっと顔をあげて、俺の両手を掴んだ。

「……あの! 善逸!」
「へっ」
「デート、行っちゃうの?」

なまえの言っているデート、とは、禰豆子ちゃんと俺がする予定のデートのことだ。グロスが取れて素の色に戻った唇が、不安そうに形を歪ませている。この幼馴染、性格まで可愛くなったのか。
俺はまだ誘えてすらいないとは到底言えなくて、「行かないよ」と声を絞り出した。





2020.1.16


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