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無題 後編




この町の夜は寒かった。それを見越して用意された分厚い布団は、私の体を十分すぎるほどに温めてくれた。
しかし本当なら今頃鬼を狩っていたであろう時間だからか、なかなか寝付けなかった。もうすぐ丑三つ時に差し掛かるという時間になってようやく私は少し外に出て気分転換をすることにした。一応用心として貴方を持って。
さわさわと夜風で木々が揺れる音がする。耳が心地良い。

しかし、その中で一つだけ不自然な音があったのを、私は見逃さなかった。人間とは思えぬほどの機敏な動き。そこには間違いなく鬼がいたのだ。

「(……どうして? この山の鬼はもう斬られたと言っていたはず)」

その鬼は木の影から私を狙っている。当然のことだ。こんな時間に女が一人ほっつき歩いていたらどんな鬼だってそうする。
鬼が背後の木陰から飛びかかってきた瞬間、私は刀を抜いた。ざく、と皮膚を突き刺した音がしたが、その傷は瞬く間に回復し、毒も分解された様子だった。

「どうして貴方が今ここにいるんです?」
「それはこっちの台詞だ。もう鬼狩りは俺を倒したと勘違いしたと思ったのにな。腹が立つよ、ようやく調子が乗ってきたってのに」
「……」
「俺はな、若い小娘の足が好きなんだ。苦しんで藻掻く姿を見るのがいいのさ。丁度お前みたいなやつの、な!」

鬼は大きな手を、私に向かって振り下ろした。この鬼、まだ血鬼術は使えないのか。でも、その分一撃がとてつもなく重い。多分一度でも当たればもう戦えなくなる。でも、恐れている暇はない。刀を鞘の中に戻してから毒を調合し直し、そしてまた刀を抜く。大きな動きをする際に出来たほんの小さな隙に、そのがら空きだった腹に私は刀を突き刺した。
鬼は最初こそ平気そうな顔をしていたが、みるみる顔色は青ざめ、やがて虫の息になった。

「言いなさい。貴方がさっき食った人の家はどこですか」
「……」

気づけば鬼は事切れていた。私は苛立ちを必死で落ち着かせ、考えを巡らせた。
足が好き。この鬼はそう言っていた。もし本当に足しか食らっていないのなら、辛うじて生きている可能性は、まだある。今のところ人の悲鳴と言ったものは聞こえてこない。ということは、ここから少し離れた場所なのか。

「(まさか……)」

冷や汗が背中を伝った。それは残念ながら、夜が開けるまで止まることはなかったのだ。





***


「(やっぱり……!)」

私が行ったのは、そう、あの時計屋だった。想像通りだった。扉は破られ、時計やその部品が床に散乱していた。酷い有様だった。
私は店のさらに奥の、あの親子が生活しているはずの空間へ足を踏み入れた。恐ろしいほど静かだった。
ひとつひとつ部屋を見て回る。その合間、仏間にあった女性の遺影を見て、あの男性の幸薄そうな顔の原因もそのとき分かった。

「……!」

そして私は見つけてしまった。寝室らしき部屋の前の廊下で倒れている、あの少女を。

「大丈夫ですか!? しっかりして、」

鬼は言っていた通り、足しか喰っていないようだ。膝をつくと、床に広がっていた血が隊服に染み込む感覚がした。体を揺らしても、彼女の体が動く気配はない。

「……返事を、返事をしてください……」
「……」

とうとう私はその血溜まりに両足をついた。寝室の奥には、同じように倒れている父親の姿が見えた。
きっと彼は、私の両親と同じように娘を庇ったのだ。ああ、また救えなかった。まだ破壊されていなかったはずの幸福を。

「……、」

少女の手に触れてみる。私と同じくらいの大きさの手。まだ僅かに温かかった。あと一歩のところで間に合わなかったのだ。罪悪感や悲しみ、そして憎しみ。そんな冷たい色をした感情が混ざって、私はとうとう落涙してしまった。


「……ごめんなさい……姉さん……」

私の中で、どろどろとした鬼への憎しみの色がまた一層色濃くなっていく。そんな私の小さな謝罪は夜の闇に飲み込まれて、やがて消えた。






2020.2.20


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