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「#幼馴染」のBL小説を読む
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無題 前編




※夢主死ネタです

***


とある地方の山で鬼が出た、という情報を聞き、わざわざ遠い場所まで出向いたところだった。しかしその鬼は私がこの場所に到着した今日の早朝に隣の山で発見され、別の隊士が討ったという。柱の私が来たということは当然別の隊員が行って駄目だったということだから、なんと戊の者が鬼を討ったと聞いたときは驚いた。伊黒さんは若手が若手がとよくおっしゃっていたのに、全然そんなことないじゃないですか。
しかしこんな遠いところまで来てしまったので、山のふもとの町へ寄って何かお土産をカナヲ達に買ってきてあげよう。そう思い立ち、私は至極平和な気分で色々な店を歩き回っていたのだ。

……と、そこまでは良かったのだが、思ったよりも良い店が多くて夢中になってしまった。おまけに時間を確認しようとすれば、不運なことに持ってきたはずの懐中時計の針はぴくりとも動かなかった。

「……あの、すみません、この町に時計を売っているお店はありますか?」
「ああ、あるよ。あそこを右に曲がって真っ直ぐ行ったら看板が見えるんだ。古臭い看板だけど、中はしっかりしてるし店主も良い人だから」

丁度目の前にあった八百屋にいた男性に尋ねると、そう教えてくれた。言われたとおり道を歩くと確かに塗装の禿げた時計屋の看板があって、私は少し抵抗がありながらもその扉を開けた。

「すみません、懐中時計が欲しいのですが」
「!、いらっしゃいませ、こちらへどうぞ!」

中にいたのは、さっきの古い看板から想像していたのとは随分違う容姿をした女の子だった。見たところ私よりもいくつか年下に見える。彼女は作業机で何かを弄っていた様子だったが、私が入店してくるなり、店の奥の方を向いて「お父さーん! 懐中時計時計持ってきてー! 若い女の人向けのやつ!」と叫んだ。

「ごめんなさい、最近は腕時計の方を買う人が多くて、懐中時計は閉まってるの」
「いえ……それに、貴方も何か作業をされていたのに、邪魔をしてしまってすみません」
「とんでもないです! わたしはお父さんの手伝いをしているだけで、今は修行の身なので」
「お店を継がれるんですか?」
「はい! 自分で言うのもなんですが手先の器用さには自信があって……それに時計って、何だか見てるだけで楽しいから」

年寄りくさいですよね、と彼女は笑った。でもその人懐っこい笑顔は見ていて不快なものでは決してない。温かみに溢れていて、どこか懐かしい表情だった。

「ところでお姉さんは東京から来たんですか? すっごく綺麗!」
「ありがとうございます。仕事でこちらに来たんですが、急に取り消しになりまして」
「え! なんですかそれ! でも来たからには楽しんでくださいね、ここはご飯もすごく美味しいので!」
「……ふふ、そうさせていただきます」

しばらくすると、彼女の父親らしき人が懐中時計で1杯になった箱を持ってきた。随分失礼だが、幸薄そうな顔をした男性だった。

「お待たせしてすみません、あるだけかき集めてきました。もちろん注文を受けてから綺麗なのを一から作りますので、取り敢えず見た目だけ選んで頂ければ……」
「お父さん、お客さんといるときはもっとはきはきした声で喋りなよ」

父親の男性の少し頼りない説明に、娘は困ったように眉を寄せた。男性は私に申し訳なさそうに笑って、今度は娘の方を見やって言った。

「すまないなまえ、前までずっと母さんがやってくれていたから……父さんも頑張るよ」
「ぜひそうして! お姉さんもほら! 時計選んで! ……私ならこれとか好きかも!」

おもむろに箱の中からひとつ彼女が取り出したその懐中時計は、一件素朴な見た目にも見えるが、文字盤に綺麗な蝶が描かれた、まさに私好みの品だった。

「では、それでお願いします」
「えっ、お姉さんが選ぶんですよ!?」
「私も丁度それが良いと思っていたので」

私がそう言うと、最初彼女はぽかんと目を丸くしていたが、その後には「そうなんですかあ」とへにゃへにゃとした笑顔を見せてくれた。
その後時計の出来上がりについての説明を受けたが、男性が最初言っていたように一から作るとなると、設計図があるとはいえかなり時間がかかるとのことだったので、必要最低限の部品だけ交換して売ってもらうことになった。そうすれば明日の昼には出来上がるらしい。幸い一日だけなら泊まれる分のお金は予め持っていたので、私にとっては好都合だった。

「明日の昼、一時頃に時計を取りに行きますね」
「はい! あ、あと、念の為に名前を聞いてもよろしいですか?」
「胡蝶しのぶと言います」
「しのぶさん! ではまた、明日お待ちしていますね」
「……ふふ、はい。よろしくお願いします」

店を出ると、また古臭い看板が目に入る。最初はあまり良い印象を受けなかったけれど、今見ると、なんだか温かみがあって親しみやすい、そんな雰囲気があった。





2020.2.20

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