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見栄っ張りと格好つけ




ほんとうに? と、何度も私に問う彼の顔はみるみる赤みを帯びていき、しまいには耳の先まで真っ赤に染まっていく。“口吸いしてもいいよ”なんてこちらから言うだけでも恥ずかしいというのに、こんな反応をされたら何か自分が物凄く間違ったことをしてしまったような気分になってしまうじゃないか。いや、事実女性の方からこんなことを言ってしまうなんて確かに間違ったことかもしれない。でも仕方ないでしょう、いつまで経っても奥手な彼がいけないのよ。と心の中で言い訳をしながら、私は何度も素直に善逸の問いに頷いた。

「し、信じるよ? 今からするよ?」
「うん」
「止めないからね?」
「うん」

善逸の大きく息を吐く音が聞こえる。彼の深呼吸する音はかなり大きい。まるで自分に言い聞かせるみたいに。

「……ん」

ゆっくりと、彼の唇が押し付けられる。彼の唇はいつも大きく口を開けて叫んでいるからか、所々皮が剥けてささくれ立っていて、やけに擽ったいその感覚は、お互いの唇が離れても暫く消えることは無くて。


***





「なまえちゃん!」
「!」

はっとしたときには、善逸は私の顔を心配そうに覗き込んでいた。ああ駄目だ。彼と初めて口付けを交わした日以来、あの感覚が頭に染み付いて離れない。その証拠に、目の前の美味しそうな朝ご飯はすっかり冷めてしまって、ほとんど減ってもいない。今にもそこの卵焼きから恨み言が聞こえてきそうだった。

「ずっとぼーっとしてるけど、なんかあった?」
「……ううん、何でもない」

心配そうに善逸が私を見やる。慌てて箸を持ち直して、冷めきった卵焼きを口に含んだ。思ったよりも時間が経っていたようで、表面の少し乾燥した舌触りはあまり良いとは言えない。
一方善逸はというとあの日から少しも変わった様子はなかった。口吸いする直前はあんなに騒いでいたのに、だ。少し、私が意識しすぎたんだろうか。自分から口吸いしてなんて頼んでしまったばっかりに、余計にそうなってしまっているのかもしれない。彼のためにも私のためにも、やっぱり彼本人の心の準備がちゃんと整うまで待ってあげた方が良かったのだろうか。悩んでも結局もう手遅れなことなのに、つい考え込んでしまう。

「……ごめん、ちょっと今日食欲ないや。奥さんに謝ってくる」
「大丈夫? 少し横になった方がいいんじゃない?」

うーん、と私は歯切れの悪い返事をして、朝ご飯を作ってくれたこの藤の家の奥さんの元へと向かった。幸い優しい人でほとんど食べられなかったというのに 「お体に気をつけてくださいね」 とにこやかに微笑んでくださっただけだった。人が作ってくれたご飯を残すにも病気だとかそういうちゃんとした理由が必要なはずで、もちろん私はそんなもの一つも持ち合わせていなかったのに。……いや、これもある意味病気なのかもしれないけれど。




「あっ、なまえちゃん! 体は大丈夫?」
「善逸、布団……」
「やっぱりなまえちゃん最近ずっと上の空だし、もう休んだ方がいいよ」

私が自分の部屋に戻ると、そこには善逸が居た。私のために布団を敷いてくれている最中らしかった。その気遣いがあのときの彼の唇と触れ合ったときのようにむず痒く感じて、私は思わずきゅっと口を噤んだ。

「一日くらい大丈夫だよ、なまえちゃんはいつも頑張ってるんだし!」
「……、」

やっぱり私が馬鹿みたい。こんなにも純粋に私を心配して気遣ってくれているというのに、私はこんなにぐたぐた考え込んじゃって。
そう思うと途端にご飯を残したことやもちろん彼にもひどく罪悪感が湧いてきて、私は彼の方へ向き直った。彼の目を見ようとするのは何故かとても久しぶりのことのように感じた。

「善逸、わたし、」



私が頭を上げると、どうしてか、すぐ目の前に善逸はいた。びっくりして仰け反ろうとしたら、彼は私の手首を掴んで自分の方へと引き寄せる。そのまま私と彼の唇はまたあのときのようにむに、と柔らかく触れ合った。

「……んんっ」

彼の舌が私の口の中に割って入って来たのは、その直後だった。あのささくれだった彼の唇のむず痒い感覚を感じるより先に、ぬるりと柔らかい舌が歯茎をなぞり、私の舌を巻き込むようにして絡まる。その感覚は普通なら気持ち悪いはずなのに、唾液で滑らかに緩和された摩擦のせいか、何故か心地良く感じてしまった。初めてのときはこんなことしてこなかったのに、どうしていきなり? 息が続かない。頭がくらくらする。でも本当のことを言うなら、もう少しこうしていたい。体の方は呼吸に限界を感じて無意識に逃げようとするのに、善逸が私の頭を支えて固定する。男性特有の角張った手が髪にくしゃりと触れる感覚さえも異様に心地よく感じる。
やがて善逸はあっさりと頭を支えていた手を離してくれた。私が口から唾液を垂らしながらだらしない顔で彼を見るのに対して、彼はそれらを優しく拭い、目を細めて艶めかしく笑った。


「ごめんね、ずっときみがあの日のこと考えてくれてるって思ったら、その、」

可愛くって。
そう善逸は頬を桃色に染めて言った。その表情が彼のさっきまでの行動とあまりにも釣り合っていないので、私はただ目を丸くして彼を見ていた。そんな私を無視して、善逸は話を続ける。

「俺が臆病なばっかりにあのとき君にあんなこと言わせちゃって、酷いことしたなあって。正直すごい緊張した、けど、喜んでもらえたみたいでよかった。嬉しい音がするから。俺も、君も」
「……初めから気づいてた?」
「もちろん」

先程二人で舌を絡めたことに比べれば取るに足らぬことだというのに、私はその瞬間、耳の先まで顔が熱くなるのを感じた。私があの日のことを思ってずっと昇進苦慮していたこともすべて筒抜けだったのかと思うと、恥ずかしくて堪らなかった。

「お昼ご飯はちゃんと残さず食べられそう?」
「……うん」


私が小さい声で返事をすると、善逸は 「じゃあ布団ももう片付けなきゃね」 とどこか揶揄うように笑った。





企画 鬼も寝る間に に提出したものです。

2019.9.1


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