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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






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叶わぬことを




本誌バレあり

***




優しいひとがいた。私より一つ年下の、どちらかと言えば可愛らしい顔立ちをした男の子。よく頭が回る子だったけれど、小柄で私のように力がなかった。男の子だから、それでからかわれることは日常茶飯事だったのだろう。私が開発した毒のおかげで自分にも鬼が殺せるようになったと、お礼を言いに来てくれたのが始まりだった。私を好いてくれていた。それはもう本当に本当に分かりやすくって……いや、あれはわざと分かりやすくしていたのだと思う。でも私は、その思いに答えなかった。気付かないふりをした。私は彼の気持ちよりも、姉さんの仇を打つための策を練るのに必死だったのだ。

「こんばんは、胡蝶さん」
「……また怪我をしたんですか?」
「へへ、今回は骨折だけです」

包帯が巻かれた足とは裏腹に、元気な明るい笑顔で彼は言った。いや、私とお話をするときはいつもこんな顔だった。今でも覚えている。私はその笑顔見ると、みるみるうちに怒る気が失せていく。何度思い返しても不思議な感覚だった。

「貴方のことを下の名前で、呼び捨てで呼べたらどんなにいいでしょうか」

それ、告白してるつもりですか? 遠回しすぎて分かりません。そんなやり方じゃ、私が気付かないふりをするというのは分かっているでしょう?

「俺が他の柱の方々のように強ければ、貴方の姉の仇もろとも鬼を殲滅できたのでしょうか」
「馬鹿なこと言わないでください。姉さんの仇をとるのは私だと、私が決めたことです。君には関係ありません」
「俺は嫌です」
「何故ですか?」

「貴方が好きだからです」


そのときの彼の顔は月光に照らされて、よく見えなかった。でもいつもへにゃへにゃとしている眉毛がその瞬間だけはきりりと真っ直ぐだったのは、今でもよく覚えている。

「……すみませんが、私は……君の思いに答えるつもりは、ありません。なんとしてでも姉さんの仇を討ちたい」
「……そうですか」

このときばかりは私も申し訳なくなって、恐る恐る彼の顔を覗き込んだ。すると彼は、

「なんでそんな不安な顔してるんですか! 俺を振ったのは貴方でしょう! 」

いつものような笑顔で明るく彼は振舞っていた。でも彼の目元がきらきらと月光に照らされて輝いていたのを私は知っている。そしてその声が僅かに震えていたことも。

「……でも私は正直、自分で姉さんの仇を取れる手段が分からない」
「ならなんで、」
「だから君に考えを聞きたいんです。同じ蟲の呼吸の使い手なら、なにか思いつくでしょう?……私が必ず死ななければならない手段も含めれば。君は頭がよく回りますから」
「……」
「なまえくん?」
「……しょうか」
「?」

恋した人を死なせなければならない方法を教える男がどこにいましょうか!

と彼は叫んだ。今度こそ彼の瞳からは涙がほろほろと崩れるように流れていった。結論から言ってしまうと、“私自身を毒にする”という手段を考えてくれたのは紛れもなく彼だった。私がお願いと手を握ると、彼は鼻をすすりながら、泣きながら教えてくれた。

「貴方は悪い人です。こんなひとを好きになるんじゃありませんでした」
「……どうも」



***


この出来事を今思い返したら、私結構最低なことしてたなって思うの。さすがに振るにしてももう少しやり方ってものがあったわよね。ごめんねなまえくん。
もし来世でも会えたら、なまえくんのお嫁さんになってあげてもいいかな、なぁんて。優しい君なら、姉さんもきっと許してくれますよ。





姉さんを殺した鬼に吸収される直前、走馬灯の中で彼がしのぶ、と名前を呼んで、あの優しい笑顔で私を包み込んでくれたような気がした。





2019.7.7


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