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気管が凍る感覚を覚えていた




これの来世のような。
キメツ学園設定です。本誌バレを彷彿させるような描写があります。

―――――






ちりん、りんりん。

風鈴の音には、不思議な力があるらしい。なんでもその音を聞けば日本人だと本当に体の表面温度が下がるんだとか。それに加えて人を落ち着かせる特殊な音でもあるらしい(1/fのゆらぎと言うそうだ)。


「……なまえ、手が止まってるぞ」
「だってあっついんだもん」
「扇風機があるだろう」
「伊之助が陣取ってるじゃん」
「あ? ここは俺の家だぞ文句あるか!」


人間っていうのはどうしてこんなくだらない雑学ばかり頭に残って、本当に必要なことは忘れてしまうのだろうか。暑さで頭が沸騰しそうだ。日本の夏はどうしてこんなに蒸し暑いんだろう。

「湿度が高いからだよ。日本は温暖湿潤気候だって先生が言ってただろう?」
「なにそれ……ってなんで私の考えてることがわかったの」
「声に出てたぞ」
「うっそだあ」

なんかそれ、地理の時間に習った気がするなあ。でもぜんぜん覚えてない。そして目の前の因数分解を解くための公式も初耳かってくらい頭に残っていない。これはお先真っ暗だ。私はこの学園を卒業しても就活の厳しさに打ちのめされてフリーターになってニートになってお母さんに追い出されていずれホームレスになってその年の冬に凍死するのだ。こんな惨めなことは無いだろう。あーいやだいやだ。


「炭治郎が変な事言うからなまえちゃんの音がヘンになった!」
「いきなりなんだ善逸」
「お前のせいだよ! なまえちゃんの音は世界一心地良いのに!」
「落ち着け、さっきまで大人しくしてただろう」


私と炭治郎が駄弁って、伊之助が扇風機の前でその綺麗な髪を靡かせている間、大人しく勉強していたはずの善逸は先程とは打って変わって騒ぎ出した。善逸は耳が良い。音が心地良いなんて初めて言われた。いつもは禰豆子ちゃんにぞっこんなのに。そんなんだから禰豆子ちゃんに告白する許可すら炭治郎に貰えないんだよ。でもちゃんと許可をとろうと頑張ってるあたりは、ちょっとだけかっこいいと思う。いつもはただのヘタレだけど。


「平和だねえ」
「まあな」
「独り言に返事をしてくれるくらい伊之助って優しかったんだね」
「はっ倒すぞてめえ」


そう言っても伊之助は扇風機の前から動こうとはしなかった。学校にいるときはありえないくらい元気なのに。さすがの伊之助も暑さにやられているのだろう。彼は夏は大人しいけれど、冬はいつにも増して騒がしい。同じ空間にいるだけで体がぽかぽかしてくる……というのは有難いのだが、冬は顔が寒いのか猪の被り物をして学校に来るのだ。獣臭いから、多分本物の猪の頭……だと思う。せっかくの綺麗な顔なのに、とても勿体ないと冬が来る度に思うのだ。

「冬のこと考えたら寒くなってきた」
「そんなわけねえだろ」
「気持ちがだよ! 心霊番組見たときみたいな」


そう言うと伊之助は一瞬ぴくりと体を小さく跳ねさせた。

「お前冬が怖いのかよ」
「え? どゆこと?」
「霊とかを見て涼しくなるのは怖くて寒気がするからだろ。んで、冬の事を考えたときも寒気がするんだろ」
「……まあ」
「じゃあ冬のことを考えるのが怖い、つまり冬が怖いってことだ」
「証明問題ですかねえ」



伊之助は私のことをしばらくじっと観察するように見つめていたが、やがて呆れたようにため息をついて、扇風機の前から立ち上がった。というか、冬が怖いってどういうことだろう。

「前世で凍死でもしたんじゃねえのか」
「なんでいきなりそんな怖いこと言うの!」
「お前が悪いんだよ」
「なんで!?」


私はこんなに必死なのに、伊之助は俯いてぷるぷると震えている。きっと私をからかって面白がっているに違いない。


「お前が悪いんだよ」


ちょっとだけ声が震えているような。いやそんなわけは無い。二回も言ってくるなんて、伊之助も意地悪だ。






2019.6.2

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