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二人で眺める黒髪




なんやかんやあってイタリアのギャング組織に加入して、そこで出会った仲間に言われること。“これだからジャッポネーゼは”。主につい謙遜してしまったときだとか、あるいは女性へのナンパがなかなか不格好になってしまったときにこう言われる。別に俺はこれを短所だと思っていない。逆にイタリア人は慣れすぎてて、あまり誠実さがないから、俺はむしろ長所だと思う。みんなもそう思うだろ? お願いだからそうだと言って!

「ばっかじゃあねえの」
「うっせえな! 黙ってろ!」


女性につい遠慮気味になってしまう男の気持ちを知らないイタリア男なんて敵だ! と流れるように文句を垂れると、隣の席でピッツァを食べていたミスタは逆に褒め言葉だとでも言うようにニヤついた笑みを見せた。

「ほらァ、もうすぐこっち来るぜ? お前の好きな、“黒髪のあの子”」
「んなことは分かってんだよ黙れ」
「おーいそこの黒髪の子! ちょっといいかい?」
「ッッだー何言ってんだミスタてめーころ……」


言いかけたところではっと口を塞ぐと、ミスタはあーあ、と残念そうに眉を落とす。いつの間にか黒髪のあの子は俺達のテーブルとの距離を詰めていて、その控えめに靡く黒髪に目は自然と惹き付けられた。

「ご注文は何になさいますか?」
「ブルスケッタを二つ。ところでアンタの黒髪、すごく綺麗だよ。イタリア人なのに珍しいな」
「ふふ、ありがとうございます。これ、実は染めてるんです。私、ジャッポーネの文化に興味があって」


どきり、と胸が高鳴る音が聞こえた。確かに彼女の髪飾りは、ジャッポーネの簪をモチーフにしたような、和風なデザインになっている。黒髪もアジア人なら持つ人も多いが、きっと彼女には舞子さんだとか、そんな日本らしいイメージを黒髪に抱いているのだろう。もちろんこの小さな幸せを噛み締めるのもいいのだが、ミスタがそれを許してくれるはずもなく、わざと俺に見せつけるように口元に弧を描いた。

「そぉーなんだ! 奇遇だなあ。実はこいつジャポネーゼなんだよ、なまえって言うんだ」
「えっ!? 本当ですか? 」


さっきまで愛想笑い(それも可愛いが)を浮かべていた彼女はその瞬間ぱっと顔を明るくして、俺の方をじっと見つめた。ま、眩しい。

「あ、ああ。俺はれっきとした日本人だぜ。何か聞いてみたいことがあるんなら……」
「私、今お金を貯めていて、日本に旅行に行きたいと思っているんです! 良ければおすすめの観光名所を教えてください!」
「も、もちろん……」


……とは言ったものの、あまり思い浮かばない。日本にいたのは何年も前だし。しかし言ってしまったものはしょうがない。


「……て、定番だけど、京都ってトコの清水寺がおすすめ、かな。秋……あ、10月とか11月頃ね。そのくらいに行けば綺麗な景色が見られるし、いいんじゃあねーの?」
「なるほど! すごく参考になります、グラッツェ!」


食入るように彼女は本来ならば注文内容をメモするはずの手帳に俺の言ったことをメモすると、「あ、私、お仕事中なのに、すみません。店長に叱られちゃいますね」 と恥ずかしそうに舌を覗かせた。すげえかわいい。あの子はそんな俺の様子を気にするはずもなく、「どうぞ、ごゆっくり」 と先程とは違って落ち着いた聖母のような笑みを浮かべて、店の奥へと歩いていった。


「……なんか俺、ミスタのこと見直したわ。どうせあの子もテキトーに誘ってワンナイトラブするんだと思ってた」
「おめーの中の俺のイメージクズすぎねーか? さすがに傷つくぜ」
「前科がありすぎるんだよ」

俺にそう言われてもミスタは満更でもなさそうだ。でもまあ、俺がミスタに対してそう思っていたのは事実だから、少し申し訳なく思った。せっかくミスタが気を利かせてくれたんだから、今まで奥出で消極的だった俺も、頑張るべきなのかもしれないと、そう思うのだった。







「なあ、どうしてあの子を誘わなかったんだよ?」
「あ? 俺はどちらかって言うとの色気のある……可愛いっつーより、美人な女が好みなんだよ。それに、そーゆー女の方が誘いに乗ってくれるしな」
「やっぱ前言撤回するわ。モテる男死ね」
「負け犬の遠吠えってやつ?」
「はいはい、俺はどーせ負け犬だよ。もうそれで結構」


2019.3.26

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