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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






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忘れられない横顔




じょーるの、とひどく間延びした声でなまえは僕の名を呼んだ。その愛しい声にはっと意識を自分が握っていたハンドルに向け直すと、彼女は面白そうにくすりと笑った。

「信号、変わってるよ」
「……ああ、すみません」

再び車のアクセルを踏む。幸いにも赤信号が変わってからそんなに時間は経っていないようで、後方の車から騒がしいクラクションを鳴らされることはなかった。

「どうしたの?」
「いえ、なんでも?」

僕が彼女の問いかけに大してこんな返答をするのは決して珍しいことではない。だから彼女は不思議そうに首をかしげたが、さほど気にする様子もなく、視線を前方へと移した。

その隙に、僕は車を運転しながらもう一度彼女の横顔を見やった。綺麗にすっと伸びた睫毛はとても魅力的だ。だから僕は彼女と二人きりのときは、無意識に視線をそこへ注いでしまう。彼女に注意されるのも、これで何回目だろう。



初めにそれに気づいたのは、高い場所にあった書類の束に手が届かず、苦戦しているなまえを助けたときだ。自分にとっては手軽な位置にある書類をなまえに手渡したとき、丁度見下ろした位置にあった彼女の睫毛が、この世で一番と思えるほど綺麗で。
ビューラーなんかしなくても常にくるんと上を向いている、というわけではない。むしろ彼女は道具を使ってもあまり睫毛が上がらないタイプだと思う。でも彼女の睫毛はとても長くって、すっと緩やかなカーブを描いている。正面からはあまり分からないが、それこそ初めのように見下ろす角度からだとか、今のように横から見れば、いつもは目立たない彼女の魅力に気づけた気がして、優越感みたいなものが心から滲み出てくるのだ。





「なまえ、着きましたよ」

慣れた手つきで邪魔にならない場所に僕は車を停めると、はぁい、と遅れて返事をした目を掻いているなまえの手を軽く制止する。とても眠そうだ。その手を離さないまま、僕達は車を降りた。

「ここどこ?」
「僕が見つけた、穴場ってやつです。今は人はほとんど訪れませんが、名所に負けないくらい綺麗な景色が見られますよ。ほら、あそこに小さな展望台があるでしょう?」


彼女の手を引いて、傷んだ木の階段を上る。それは時折キシ、と音を立てた。元々ここは標高が高い場所だから、数分のうちに頂上まで登りきることができた。ひゅう、と夜風が髪をなびかせる。うわあ、となまえの感激の声が聞こえた。

「……すごくキレイ」
「ええ」


僕は再び彼女の横顔を盗み見る。綺麗な景色が背景となって彼女のまつ毛を引き立てていて、僕としては、こちらの景色の方が何倍も美しいと思えた。

「なまえ、ちょっと僕の方を向いてもらえませんか」
「なに?」



なまえが僕の方を向いた瞬間、僕は彼女のまつ毛にキスをした。とっさに驚いて瞬きをした彼女のまつ毛が唇を擽る。僕が顔を離すと、彼女は照れた顔を片手で覆って隠してしまった。

「ほら、手、隠さないでください」
「〜だって、心の準備とかできてなかったんだもん……」





せっかく景色綺麗なのに、ちゃんと見れないよ、と震えた声で言うなまえにひどいくらいの愛情が込み上げてきて、じゃあ見なくてもいいですよ、と彼女を精一杯抱きしめた。



2019.3.22

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