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好きですといいたかった




「(う、うわー! しのぶさんだ!)」



どくん、と心臓が大きく鼓動して、本来ならば夜風に当たって冷えるはずが、体はぽかぽかと温かくなる。なかなか眠れなくって、風邪でも当たろうとくっついたばかりの足で縁側に来てみたいいが、しのぶさんがいるなんて聞いてないぞ。このまま布団に潜ったら余計にどきどきして眠れなくなるに違いない。俺は物陰に身を隠したまま、何も言わずに一人で月を見上げているしのぶさんをただ眺めていた。

「……なまえくん?」
「あっ! す、すみません。ちょっと眠れなくって……その、決してやましい気持ちではなくてですね……」

しのぶさんが振り返った。ど、どうしよう。こんなところでこんな時間でただ女性を眺めてるなんて、どう考えてもヤバいやつだ。もしかしたら気持ち悪い男だと思われてしまったかもしれない。

「……私も、眠れなくって。良ければ少しお話をしませんか」
「……え? あ、は、はい、ぜひ」


あれ? 怒ってない?



至極優しそうに微笑んだしのぶさんは、俺が座れるスペースを空けてくれた。しのぶさんと話せるのはどんな状況であっても俺にとっては嬉しいことだったが、こればかりは少し遠慮ぎみになって、恐る恐るしのぶさんの隣に腰を下ろした。しのぶさんはいつもと何ら変わらない優しくて綺麗な笑みを浮かべている。


「なまえくんはいつも頑張ってますね」
「え!? ……あ、いやあ、ずっと寝たきりだったし、流石に体力戻さないと死んじゃいますもん」
「カナヲとアオイが世話になったみたいで」

含みのある声色と表情に、俺は固まる。まずい。これはあまりしのぶさんのご機嫌がよろしくないときの顔だ。

何も言えなくなった俺に、しのぶさんはまたいつもの笑顔を見せた。


「……なーんて。少しからかってみただけです。なまえくんもまだまだですね」


くすくすと口元に手を当てて笑うしのぶさんに、俺も思わず笑みが零れる。なんとも綺麗で、可愛らしい。目尻からすっと綺麗に伸びるまつ毛はとても長くて、綺麗な瞳をさらに際立たせている。今すぐ抱きしめたいくらい可愛いのに、残念ながら俺にその資格はなく、ただ緩んでいく頬を引き締めることに精一杯だった。幸いにもその様子にしのぶさんは気づいていなくて、今度は視線を大きく上へと移した。


「……今夜は月が綺麗ですね」

「え? あ、ああ、そうですね」


ヤバい、しのぶさんばっかり見てて月なんかまるで見てなかった!

慌ててしのぶさんの視線の先にある月を見上げる。確かに今夜の月はとても綺麗で、なんというか、ちょっと気色悪いんだけど、まるでしのぶさんみたいだ。……いや、でもしのぶさんの方がきっと綺麗で、可愛いに決まってる。惚れた弱みというやつである。やっぱり月なんかよりしのぶさんを、

「……ずっと見ていたいです」
「ふふ、私もです」


こんな俺の含みのある言葉にもしのぶさんは嬉しそうに頷いた。その拍子に真ん中で分けられた前髪が揺れる。その隙間から、しのぶさんの少しだけ上がった口角が見えた。

「……さ、もう寝ましょう。なまえくんもまだ治ったばかりですし」
「ええっ、さっきずっと見ていたいって言ってくれてたじゃないですか!」
「それはそれ、これはこれです。ほら、行きましょう。一緒に部屋まで行ってあげますから」

まあ、それなら一緒に行くしかない。

ちょろい俺はまんまとしのぶさんの策に引っかかって、男だらけの部屋へと戻されてしまった。さっきまであんなにいい匂いがしてたのに、この空間はなんだか汗臭い。

「おやすみなさい、なまえくん。明日も頑張ってくださいね」
「あっ、はっはい、頑張ります……!」


今からここで寝るのか、と半ば呆れていた俺の手をしのぶさんはぎゅっとその小さな手で包み込んだ。今が夜で良かった! だって朝や昼だったらこの真っ赤な顔をしのぶさんに見られてしまっていたから!

何も言わずにわなわなと手をあちこちへ動かしている俺を横目に、しのぶさんはくすりと笑って、さらに追い打ちをかけた。


「……結構楽しかったです。時間があったら、またお話しましょうね」



その後の俺はまあ眠れるはずもなく、ただただ布団の中で悶絶するしかできなくて、翌朝はアオイに叩き起されたとかなんとか。




2019.3.13


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