×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






icon

本当に天使と思ってたんだ




不思議なひとに出会ったことがある。いや、ひとっていう他人行儀な言い方より、一、二歳年上の女のコって言う方が正しいんだろうけど、なぜか俺にはあのひとが人外的なものに見えて仕方がなかった。


あの人に出会ったのはちょうど母さんが亡くなった直後で、母さんが寝ていたベッドに入れ替わりで入院してきたのだ。病院から母さんの荷物を取りに来て欲しいと言われて、どうしても親父と来たくなかった俺は一人で病院に向かった。でも病院が見せてくれた荷物の中に母さんが一番大切にしていた写真が無くて、きっと病室に忘れたのだろうと思った俺は母さんの寝ていたベッドのある部屋へと向かった。そこにいたのが、あのひとだった。名前をなまえと言った。白い患者服が異様に似合っていて、もしウエディングドレスを来たならすごく綺麗なんだろうな、という漠然した感想を持ったのを覚えている。あのひと自体はまだ結婚できる年齢でもなかったのに、だ。
写真のことについて尋ねると、あのひとははっとしたような顔をして、いとも簡単にその写真を渡してくれた。

「貴方のお母さんのものだったのね。ごめんなさい、看護婦さんに返そうと思ったんだけど、これを見てるとなんだか元気が貰える気がして」

「……。あー、大丈夫! それ、持っててよ」
「え?」

いいの? とあのひとは首を傾げた。俺も当時を振り返ってみると、どうしてあんなことを言ったのか分からない。でもあのひとの雰囲気がすごく母さんに似ていて、相手は年上なのに、もしかしたら俺はあのひとを母さんの生まれ変わりなんだとか、そんなロマンチックなことを考えていたのかもしれない。

「あのさ、初対面だけど俺、君と仲良くできそうな気がするんだ。またここに来てもいいかな? 」
「……ええ、もちろん。私も貴方と友達になれるような気がする。名前はなんて言うの?」
「俺はナランチャ! 君の名前は?」
「なまえ・みょうじ。なまえって呼んで」




この日から俺はたびたびあのひとの病室に通うことになった。お見舞いの花だったり、お気に入りのシチリア産のオレンジをあげたり、あのひとと話す時間は親父と家で二人でいるときよりもずっとずっと心地好くて。あのひとも俺が話す度に楽しそうに笑ってくれていたっけ。







そんな楽しい日々がだんだん暗い方向に傾き始めたのは、俺が不良達のグループに仲間入りし、全ての言動が荒々しくなった頃だった。真面目にあのひと宛ての花を買うのもなんだか恥ずかしくなって、ある日俺は兄貴から教えて貰った万引きの上手いやり方の練習として、花を盗んだ。バレてもあまり支障がないように、少し傷みかけていた花を。正直もうあのひとの所に通うことすら面倒に感じてしまっていて、最後に母さんの写真だけ返してもらおうと思ったのだ。罪悪感はあったものの、あのひとと話せる最後の日に傷んだ花を渡して写真を返すように言うことに抵抗はなかった。


「ナランチャくん、久しぶり」
「……久しぶり。ほら、これやるよ」

あのひとはいつもみたいにゆっくり会話を楽しみたかっただろうに、あのときの俺は無造作に花を渡した。あのひとは少し驚いたようにそれを受け取ると、その花をまじまじと見つめていた。俺はそんな様子に何かを聞くこともなく一言。

「あのさァ、実は母さんの写真、返してほしいんだけど」
「……ねえナランチャ、聞きたいことがあるの」
「なんだよ……つーか、なんでいきなり呼び捨てに」



「このお花とっても綺麗ね。どこで買ったの?」



ぞくりとした。声の調子は変わらないのに、俺の話を遮り、花の花弁を優しく撫でたあのひとの目が明らかに据わっていて。

もしかして、花が傷んでいるのに怒った? それとも俺が素っ気なく返事をしたから? ……花が万引きしたものってことがバレたのか?

さっきまでのあの面倒臭いとかいう気持ちがすべて恐怖に変わったような気分だった。今すぐにこの場所から逃げ出したくてたまらない、逃げろ。逃げろ! そんな言葉が頭の中でこだました。

「ご、ごめんなまえ! ちょっと今日用事があったんだった! 」


あのひとが続きを話す前に、俺は病室から逃げ出した。看護婦の奴らに走らないでと言われても、なりふり構わず走り続けて、病院から出た後も走って。そのときばかりは自分の家があそこより心地よく感じた程だった。









あれ以来病院には行っていない。それどころかあの出来事を忘れようと余計に悪い遊びに拍車がかかって、結局俺は兄貴に裏切られて堕ちに堕ちてギャングの世界へ入った。とはいえそれは望んだことだし、後悔はしていない。

でも伝え聞いた話では、俺に罪を擦り付けた兄貴はつい最近に大怪我をして、母さんとあのひとの寝ていたあのベッドの上で謎の死を遂げたらしい。今思えばあのひとは怒っているんじゃあなくて、俺が道を踏み外してしまったことがただただ悲しかったのかもしれない。一度フーゴ達と出会う前のゴミを漁っていた時代に、謝りに行こうと病院に行ったことがあった。もちろん身なりが汚かったから、すぐに追い出されたけど。でもあのひとには、俺が今こうなるということがあの万引きした花を渡してしまった時点で分かってしまったのかもしれない。あのひとは天国の母さんから俺の様子を見てくるように言われた天使で、俺のあの行動を残念に思って、そのことを母さんに伝えるのがひどく苦しいからあんな顔をしたのかもしれない。この体験を元におとぎ話を考えるならまあこんなところだろうか。

傍から見れば頭がおかしいと思われても仕方ないけど、そんな風に考えでもしないとあの出来事に理由を付けられない気がして。この不思議な体験を現実的に考えるのは難しいし、それに散々現実は見てきたから、ひとつくらいこんなおとぎ話みたいなことを信じても罰は当たらないと思うのだ。だからわざわざなまえ・みょうじという女の戸籍を調べてもらうこともしないし、街の奴らに聞き取りをすることも俺はしないことにしていた。
俺はあのひとがどんな怪我や病気で入院してきたのか知らない。ただ、母さんと入れ替わりでベッドにいたのも、雰囲気が似ていたのも、そして最後に名前を呼び捨てで呼んだのも、偶然ではないと思うのだ。


……そういえば、どうして今更こんなこと思い返してるんだろう? でもまあ、こんなに天気が良けりゃあこんな気分にでもなるか。気がつけばアジトはもうすぐそこだ。







「ナランチャ、お前宛てに手紙が届いてるぞ。送り主の名前は書いていないが……」

ブチャラティが渡してくれたのはパステルイエローの封筒で、オレンジの輪切りを催したシールが貼ってあった。宛名は確かに綺麗で整った字で 「ナランチャ・ギルガ様へ」 と書かれてある。
俺はこの手紙の中身を誰にも見られてはいけないような気がして、隠れるように身を丸めてその封筒を開いた。……分厚い紙が入っている。


「……写、真……?」




あの写真だった。母さんと俺と、親父が写った写真。母さんがいつも眺めていた、あのひとをいつも元気付けていた、あの。写真の裏にはあのひとの名前と、母さんの名前が書いてあった。手紙を開けた俺だけが見ることが出来る送り主の名前だ。心做しかそれぞれの名前の筆跡が違うように見えた。そして書くときに服か何かで擦れてしまったのか、どちらの名前も同じように掠れている箇所がある。

「……」





俺はあのひとに許してもらえたのかな。俺が死んだら母さんと、あのひとに笑って迎えてもらえるのかな。いや、母さんには会えないか。俺はきっと地獄に行くから。でももしそうだったら、あのひとに母さんへの伝言を頼めたらいいな。



2019.2.27



back