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Twitterで書いてた話2本詰め




二本目の話は夢主死ネタです。暗いのでご注意ください。


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擬音語で表せ、と言われると少し難しいような、ひどく歯切れの良い音が聞こえた。音の出どころはおそらくアジトのキッチンで、ちょっど暇を持て余していた私はさほど迷うことなくその場所へと足を運んでいた。

「うわっ、生臭い」


一番に視界に入った人影の正体は私のチームのリーダーであるブチャラティ。それと同時に嗅覚を刺激してくれたのはとても生臭いにおいだった。私の声にそのさらさらの髪を揺らしてこちらを振り返ったブチャラティは、不思議そうに顔を傾けた。

「何してるの?」
「あるリストランテの店主から魚を頂いたんだ。今朝釣ってきたらしいから、美味いぞ」

軽く鼻をつまみながらブチャフティの目の前にあったまな板を覗き込んでみると、そこにはすでに見慣れた姿に変わり果てた魚の切り身。ただしあの生臭いにおいを発していたのはそれではなく、傍のダストボックスの中。魚の頭だったり、骨 の多い身の部分だったり、内蔵らしきものもある。

「ブチャラティって、魚さばけるの?」
「まあな」

小さな頃の私の記憶では、母が魚をさばくことにかなり苦労していた覚えがある。 きっとすごく難しいんだろうと思っていたけど、ブチャラティは魚のさばき方なんてどこで教わったのだろう。それに私は、

「なんかブチャラティって勝手に料理できないと思ってた」
「いい歳の男が一人で何も作れないなんてそりゃあマンモーニだろ」
「そうなのかなあ」

それはそれで、ちょっとかわいい気もする。

「何を作るの?」
「……」
「決めてないの?」
「取り敢えず冷凍庫に入れやすいようにしようとしか考えてなかったな」

何それ! せっかく今朝釣ってきてくれたのに意味ないじゃない!

「じゃあ、晩御飯はこれでカルパッチョでも作ろうよ! 私と一緒に!」
「ああ、そうだな」

ブチャラティは私に優しく笑った。でも生臭い血に濡れた手がそれを見事に台無しにしていて、私は思わず混み上がってくる空気の読めない笑みをなんとか押さえ込んだ。

ブローノ・ブチャラティ/懐かしい香り








「私にも思いっきり怒鳴ってみて!」

これがいつもの彼女の口癖だった。きっかけは彼女が僕達のチームに加入したばかりのある日。リストランテでナランチャの勉強を見てやっていたときのことだ。彼がまたとある問いに躓いて、その解き方を教えてやっていたのだ。でもあまりにもナランチャの物分かりが悪いので、苛々していた僕はついかっとなって傍にあったフォークを彼に突き刺した。

「なんでいちいち教えてやってんのに覚えないんだッッ! ナメてんじゃあねーぞッ!」

当時はといえば彼女はゆったりと読書に勤しんでいた。だからあんなにも間近で大きな声を出されてさぞ驚いたことだろう。彼女は戸惑いながらも取っ組み合いを始める僕とナランチャを止めた。その行動にはっとして頭を冷やした僕は、またやってしまったと彼女に頭を下げた。すると彼女はこう言った。

「私にも思いっきり怒鳴ってみて!」

これが最初だった。この台詞は冒頭でも言ったように彼女の口癖になった。彼女自身は至って温厚で僕を怒らせることはなかったし、僕だって原因がなければ怒ったりしない。理由を聞いてみても「怒ってるフーゴの声がなんとなく好き」とか「声のがなり具合が」などなど。こんなにも彼女が饒舌になったのはこのときだけだった。でも決してしつこくは言ってこなかったから、結局彼女は自分ではない誰かに怒鳴っているときの僕の声が聞きたいだけなのだろう。

……そう、思っていたのに。





「……なんで、最後の最後でこんな気分にさせるんだよ」

服を真っ赤に染めた彼女は、何も言ってはくれなかった。周りにはぐずぐずに溶けた死体が壁に張り付いていて、とても上品とはいえない衣服は気色悪い色をした体液に染まり、重力に従ってべちゃりと耳障りな音を立てて落ちた。

「なんで死ぬんだ。よりにもよって、僕を庇うなんて……もう『怒鳴って』って頼めなくなるのがそんなに嫌だったか? どっちにしたって変わらないのに」

だんだんと声色が怪しくなる。彼女は相変わらず返事をしてくれない。彼女のさっきまで荒かった息の音がゆっくりと沈んでいく。僕は力を振り絞って彼女の胸倉を掴んだ。

「まさか最後に怒鳴ってもらえたからって満足してんのか? ふざけてんじゃあないぞッッ! お前は、きみは……」

喉に力が入らなかった。声を出そうと空気を取り込もうとしても、ひゅう、と乾いた音が出るだけだった。やっぱり駄目だ。演技だとしても、僕は彼女に怒鳴るなんてことはできなかった。


「死ぬなよ。死ぬな……。しなないで、ください……」



次々に溢れていく涙はその勢いのせいか視界を滲ませることなく落ちていく。彼女は最後に「ありがとう」とか「ごめんね」とかいうたった一言だけの遺言さえも残してくれなかった。そんなどこかの作り話みたいなことが起こるわけはなかった。ただ力なくへらりと笑って、彼女は息を引き取った。



パンナコッタ・フーゴ/怒鳴られたかった子



2019.2.24

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