意地悪も程々に
ほろり、ほろり。
そんな儚げな字面で表せるほど、静かになまえは泣いた。思わず今まで達者だった口も何も言わなくなってしまった。
柄にもなく慰めなければと思う心を自尊心が邪魔をする。首元の蛇が戸惑ってぐねぐね動き回っていることにも気が付かなかった。
「何を泣いてる」
動揺してなんとか発した言葉は思ったよりもずっとずっときつい口調になってしまって、蛇がこちらを見る目を細めた。
ゆっくり近づいてもへたりこんでいるなまえは後ずさりもしない。蛇は心配そうに頬を伝っている涙を舐めた。それでもまた流れた涙が頬を濡らしていく。
何が不味かった? なまえは俺がどれだけ嫌味を言っても表情すら変えなかったのに。今だって顔を隠して泣いてはいるが、荒い息の音はおろか嗚咽すら聞こえない。きっと手で隠してある顔を歪めながらずっと堪えているのだろう。
「……わたし、伊黒様にどれだけお説教をされても平気、です。けど、継子にしなければ良かったなんて仰ったら、伊黒様の判断すら間違っていたことになってしまいます」
継子にしなければ良かった。
今まで吐いた棘のある言葉に紛れていながら、一番言ってはいけなかった言葉。あることないことべらべら喋ってしまった、とは言い訳にはならない。
「そんなことは、思っていない。だから泣くんじゃない。」
違う、こんなことを言いたいんじゃない。今最もするべきなのは謝罪だ。そういう気持ちは山々なのに口が動かない。
けれど今度こそ蛇がこちらを睨んできて、覚悟を決めて喉に力を込めた。
「……すまない。少し、思ってもいないことを口に出してしまった」
「……、」
肝心のなまえと言えば顔を隠していた手もだらんと伸ばして、珍しいものを見るような目でこちらを見つめていた。自分らしくないことをした自覚は十分にあったが、そうでなくても無作為に人を傷つけたのだから謝る他ない。
「本当? 私のこと、継子にして良かったって、思ってくれているんですか?」
疑い深く、という口調ではなかった。何にでも興味を示す幼子のような、期待に心を膨らませているような、そんな言い方だった。
「……後悔は、していない。手間は掛かるがな」
やはりまた余計な一言が出てしまったと後になって思うけども、そんなことはお見通しななまえはにこりと嬉しそうに笑った。
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