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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -






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インターナショナリズム




ずるずる、コツコツ。前者は耳を塞ぎたくなるほど嫌いな音なのに、後者の音は最も自分が好む音。この音はみんながみんな好きな音ではないと思うが、このずるずるという耳障りな音は彼女の母国以外の出身の人間なら嫌うものが多いだろう。

「なァなまえ、オレその音キライなんだよ」
「別にいいじゃない。それにこれはパスタじゃあなくて蕎麦なのよ」

どうも彼女の母国である日本では、今食べている蕎麦はもちろん、うどんという食べ物も音を出して食べてもいいし、むしろそれが良い音だと言う人も多いらしい。確かに別の国の全く違う文化を受け入れることも大事だと思うし、特に日本の 「キモノ」 という民族衣装はすごく上品で綺麗だし、そして漫画やアニメといった文化も面白くて自分も好きだ。でもここは日本ではなくてイタリアなのだ。そう言いたいけれど、ここは他人の目には触れない自分たちのチームの拠点だし、彼女が食べているのはれっきとした日本食だ。それに彼女は上機嫌のときだけ、革靴を床に軽く叩きつけて音を鳴らす癖があるのだ。今はまさにそのときで、そのコツコツという音がとても心地良いから、できるならば止めてもらいたくなかった。

「でも、ちょっと麺を啜るのが下手になっちゃったかも。ごめんねナランチャ」
「そんなもんに上手いも下手もあんのか?」
「上手な人はこう、ちゅるっと啜れるのよ。ナランチャもやってみる?」

なまえはいつまで経っても俺を子供扱いする。今だってさっきまで自分が使っていた箸を渡してくるし、まずそもそも俺は箸を持てない。それを知ってなのか、彼女は意地悪そうに笑っていた。ちょっとそれにムカついて、横取りするように箸を受け取った。要は麺を挟んで口まで持っていくことが出来ればそれで良いのだ。横目で見たなまえは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。自慢げに笑ってやりたかったけど、箸を奪っておいて使えないことが知られたら物凄く格好悪いから、適当な持ち方でなんとか麺を持ち上げた。そして滑り落ちないうちにと自分の舌にそれを乗せて、見よう見まねで口から息を吸った。



ちゅるっ



そんな滑らかな音を立てて外気に当たっていた麺の部分は自分の口の中へと入っていった。思ったより強く啜ってしまったのか、スープ(そばつゆと言うらしい)が少し飛び散ってテーブルを汚してしまって、なまえが傍にあったティッシュでそれを拭き取ってくれた。

「貴方がそんな上手な音を立てられるなんて意外でびっくりしたわ。何回でも聞きたいくらい」
「……そ、そうだろォ? フツウの日本人よりも上手いと思うぜ」
「ええ」

正直予想外だったけど、まあ良いや。

変な握り方をしていた箸は二本とも手から零れ落ちて、またなまえに笑われた。彼女が 「麺類は音を立てると美味しく感じる」 と言ったときは信じられなかったけれど、案外それは正しいのかもしれない。イタリア人の口に合うように少し改良されているからそう思ったのかもしれないが、もし本場で作られたそれを食べられる機会があったら、フーゴに何と言われようが音を立てて食べてみようかな。
コツコツと革靴と床が接する音を聞きながら、ふとそう思った。




2018.12.17



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