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また大人になっちゃった




ミスタに最近フーゴに勉強教えてもらってねえよな、と言われた。言われて初めてこのことに気づいて、ふと思い返した。いつも勉強してもらってブチ切れられるまでがワンセットなのだが、それがあったのは結構前だ。ただしそれにはちゃんとした理由がある。言い訳のつもりではないが、今いる環境よりもさらに良い場所で勉強ができるのであれば、もちろんそこに行く他はないと思うのだ。

「ナランチャくん、また来てくれたんだ」
「偶然お前を見つけただけだよ」

実は意図的になまえがよくいるカフェを覗いた、なんて言えば彼女はどんな顔をするのだろう。照れくさそうに笑うとも思うし、でも彼女はわりと顔が整っているから、そういうのには興味なさげに相槌を返すのだろうか。でもそんな今更な疑問はすぐに思考の波へと揉まれて、俺の目は彼女の持つペンの先が指すものに釘付けになっていた。

「なんだこれ?」
「社会の教科書だよ」

それには全く聞いたことの無い事柄もあれば、どこかで聞いたことがあるような言葉も時々見つけられる。なんとなくページを何枚か捲ってみると、ちらりとギャングのことが書かれた一文を見つけた。なまえは俺がそれを見ていることに気づいたのか、面白そうにくすくすと笑いの声をあげた。

「これ、ナランチャくんだね」
「俺は下っ端の下っ端だけどな」

でもいずれ俺のチームのリーダーは幹部になるんだ、なんていくら彼女でも口が裂けても言えない。彼女は俺がギャングで、それなら人殺しだって平気ですることが出来ることも知っている。だがただそれだけで、正確にはそれを見て見ぬふりをして俺に一般人の夢を見せてくれているだけなのだ。

「あ、ねえナランチャくん、この教科書を見て私に問題を出してみてよ。私もよく友達にやってるんだけど、結構覚えられるんだよ」

なまえは厚みのあるそれを俺に手渡した。今日は違ったが、彼女よく俺に勉強を教えてくれる。間違えてもフォークで刺されたりしないし、こんなふうに逆に俺の方がなまえに問題を出したりしたことも沢山あった。そのバランスがあまりにも良すぎて、彼女と自分が対等であるとも思ってしまう。

「ええっとォ、1933年にコクサイレンメイってやつを脱退した国があります。その国は?」
「……、なんだっけ、あの……、あ! 日本だ!」

正解だ。結構分かりにくい端っこの部分に書かれた文章を選んだつもりだったのに。

「ナランチャくんが出してくれた問題ってテストになぜかよく出るんだよね。おかげで点も良くなってきちゃって」
「さては俺を便利な道具扱いしてるな?」
「あはは、そんな訳ないじゃない。二割くらいは思ってるけど」
「二割ってどれくらいだよ?」
「えっと、……10を最大として、その半分の半分よりすこし少ないくらい……かな?」

想像してみると結構小さい割合と感じたので、今回は何も文句を言わないでやった。なまえはほっと息をつくと、ナランチャくんは優しいねと言って笑った。


そのとき、小さな電子音がなまえを鞄の中から聞こえだした。それに気づいた彼女が自分の鞄を漁る。その音の正体は携帯電話だった。どうやら相手からの電話の着信を知らせるものだったらしく、外に出ようとするなまえに別に大丈夫だと俺が言うと、彼女は大人しく携帯電話を耳に当てた。幸い他の客は誰もいなかった。

“なまえか!?、家にも帰らずに何してるんだ! ”

「お、お父さん? 違うのよ、カフェで友達と勉強をしてるの」

電話相手はなまえの父親だった。その怒鳴り声は彼女の近くにいた俺には何を言ってるのかさえもはっきりと確認できた。混乱している様子の彼女を完全に無視して父親の言葉は容赦なく続く。

“友達!? あのギャングがか? あんなのと関わるんじゃない! お前に何かあったらどうするんだ!”

「確かに彼はギャングだけど、私には優しく接してくれてるの。そんなこと言うお父さんなんて大嫌いよ」


そうなまえが言った途端、彼女の父は黙り込んだ。彼女は俺を悪く言わずに庇ってくれた。でも俺は最低なことにそれに気づかずに、ある考えだけが頭を巡っていた。

俺はなまえに相応しくない。

なまえの父親の声色は明らかに娘を心配しているそれだった。普通に考えればそうだ。もし自分の大切な人が簡単に人殺しができるような奴らと仲良くしているなんて考えたくもないし、本当なら止めさせたい。そう思うはずだ。

彼女は俺に夢を見せてくれていただけ。普通の一般人の日常という夢を。色々な不幸が重なったからとはいえ、それを手放したのは紛れもない自分なのだ。彼女には彼女を心配してくれる家族がいる。

そう確信した瞬間、俺の足は勝手に店の外へと進んでいた。


「!、ま、待ってよ! 気を悪くさせてしまったのなら謝るから、」
「違うんだなまえ、お前は悪くないんだ」
「……?、何言ってるの?」
「お前と俺じゃ、住む世界が違うんだ」


どうかこの一言をなまえが悪い意味で捉えないで欲しいと思った。でもそれは彼女が立ち止まってくれたという事実だけでは分からない。顔色を見れば分かったかもしれないけれど、振り向くのが怖かった俺はただ前へと走った。









「……え?、久しぶりですね。貴方がまた勉強を教えて欲しいと言いに来るなんて。……まあ、僕も厳しすぎたと反省はしてるんですよ。だから算数だけじゃあなくて、社会の勉強もやってみませんか? 覚えるだけですから。少し難しいかもしれませんが、さっそく問題を出しますね。1933年に国際連盟を脱退した……え? す、すごい! 合ってますよナランチャ! どこでこんなこと覚えたんですか?」


「……カフェで見た本に載ってたんだよ」





実際のところイタリアの教科書事情については全く知らないです。ごめんなさい。夢主とナランチャが幼馴染とかだったら良いかなあと思ってたり。
2018.12.14




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