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今度並んで歩きましょう


目が覚めると、静はベッドの中にいた。起き上がったときに感じたのは、体の軽さ。自分をその布の重さと動きにくさで拘束していた装束は影も形もなく、体は薄くて涼しい着物を身にまとっている。そしてもうひとつ感じたのは、懐かしい日の出特有の輝きだった。

「(ここはどこだろう……)」

自分はあの荒れ果てた蔵の中にいたはずだ。静の今いる場所はとても清潔で、蔵の中な訳がない。自分の家にも見えない。静の家にはベッドなどというものはなかったのだ。
静はこの空間に違和感しかなかったが、取り敢えずベッドから降りようと足を動かしたそのときだった。

「んがっ!」
「!?」

驚いて声の聞こえた方を見やると、なんとそこには善逸がいたのだ。自分のいたベッドの隣りで椅子に座りながら寝ている。全く微動だにしていなかったので気づけなかったらしい。静が恐る恐る名前を呼んでやると、善逸は驚いた猫のごとく飛び起きた。

「はっ!? 静ちゃ、えっ!? 静ちゃん!?」
「は、はい、静です。善逸さん、あの、ここは……?」

ここは蝶屋敷だ。だが善逸がそう静の質問に答えることはなく、代わりに彼は静の肩を掴み、滝のような涙を流しながら泣き叫び始めてしまった。

「よっ、よかったああ!! 全然目を覚まさないからこのままだったらどうしようって思っ、おもっでぇ、ほんとによかった、静ちゃん生きててよかったあああ!!」

その大声はどんな音よりも煩くて、近くで聞いていた静は正直、鼓膜が破れそうだった。
もちろん、それで蝶屋敷の人々が飛び起きないはずがなかった。

***




「善逸くん、静さんが目覚めて嬉しい気持ちは分かりますが、早朝に叫ぶのはやめましょうね」
「ハイ……」

にこにことどこか怪しい笑みを浮かべてそう言ったのは蝶屋敷の主人、胡蝶しのぶであった。善逸は先程とは別の涙を瞼に貯めながら深々と頭を下げた。

「……静さん、ここは蝶屋敷といって、怪我をした鬼殺隊の方を治療する場所なんです」
「は、はい」
「善逸くんがぼろぼろの貴方を連れてきたときは驚きましたが、ひどい怪我がなくて良かったです」
「ぜ、善逸さんが?」
「はい。まあそれは置いといて、早速ですが……」
「?」

しのぶはにっこりと屈託のない笑みを浮かべると、懐から髪切り用の鋏を二本取りだした。丁寧な手入れをされたそれはきらりと蛍光灯に照らされて鋭く光る。

「その髪の長さは生活に支障をきたしますから、胸のところくらいまでは切りましょう。善逸くん、櫛と刈布を持ってきてください」
「!、はい!」

そこからは驚くほど早く事が進んだ。さらさらとした長い布を首に巻かれたと思ったら、自分の髪が胸の辺りまで短くなっていた。とんでもない量の髪を素早く綺麗に切っていくしのぶの手際の良さに、静はぼんやりと刈布に落ちていく自分の髪を見つめることしか出来なかった。
その後風呂で清潔にして貰い、髪を乾かされて部屋に戻ると、さっきまで幸せそうな顔で静の散髪の様子を見ていたはずの善逸が居なくなっていた。

「あ、あの、しのぶさん、善逸さんは?」
「ふふ、もうすぐ帰ってきますよ」

どこかにやにやと擬音の付きそうなしのぶの笑顔の意味が静には分からなかったが、本当に彼女の言うとおり、数分ほどで善逸は戻ってきた。花な模様が控えめに入った、綺麗な着物を持って。

「買ってきた!! ほら、着てみて!」
「え、え?」
「ほらほら静さん、早くあちらの部屋で着替えましょう」
「??」

善逸は頬を赤く染めて、にこにこと笑っている。しのぶも頬は赤く染めていなかったが同じように微笑んでいる。
静は結局何も分からぬまま隣の部屋に押し込まれ、されるがままに着ていた着物を剥ぎ取られてしまったのだった。




***


そうこうしているうちに時間は過ぎ、あっという間に日は沈んでいた。
善逸は縁側に座り、静かに月を眺めていた。その景色は懐かしくて、思わず口角が上がる。あの村でも月を見たことはあったが、あそこは山の上にあるからか、月がやけに近く見えたんだよな。そう思いながら、村であった出来事を思い出してみる。他から隔離された場所だったからこそ、あんな惨いのことが起きたのかもしれない。今鬼殺隊の鴉が村の様子を見に行っている、と昼間しのぶから聞かされた。明日鴉がその報告をしに来るらしい。

「(平和に戻ってたらいいなあ……)」

もし平和な村に戻っていたとしても、おそらく言い伝えはそのままだろう。真実を伝えたところで村人全員が信じてくれるはずもない。しかし人を喰った鬼が雷様などと良く言われているのは複雑だった。

「あっ、善逸さん」

そんなとき、背後から声を掛けられた。静だ。
声を聞いた途端さっきまでのもやもやした気持ちはなくなっていて、善逸はやっと着付けが終わったんだなとわくわくしながら静の方を振り返った。

「着物の着付け終わったんだね。結構長かったんじゃない?」
「はい、自分の姿があまりにも違っていて、鏡をずっと見ていました。ごめんなさい」

静は恥ずかしそうに笑っている。自分が選んだだけあってとても似合っている、と善逸は自負した。
善逸はちょいちょいと手招きをして、静を自分の隣に座らせてから彼女の後ろに回ると、懐からあるものを取り出した。

「ちょっと失礼するね」
「はい」

静の髪に指を通す。まずは上半分の髪を手に取って、何回か捻じる。その後、上からあるものを差し込んで、髪に巻き付け、うまく髪が纏まるように、角度を調整して差し込み直す。あえて下半分の髪を残しておいたその髪型は、善逸にとっては渾身の出来だった。

「うん、上手くできたかな」
「?」
「ほら、鏡」
「あ、ありがとうございます」

善逸から手渡された鏡を見たとき、静は声を呑んだ。自分の髪に淡い黄色の百合の花が咲いている。善逸が静に贈った簪だった。

「忘れてたでしょ?」
「……ご、ごめんなさい」
「あ、全然怒ってなんかないからね! 今日はずっとバタバタさせちゃったし」

善逸は静の隣に腰を下ろす。静は申し訳ない気持ちで一杯だったが、同時に善逸が約束通り簪を付けてくれたことがとても嬉しかった。

「俺、実はきみに言ってなかったことがあるんだ」
「?、何でしょうか?」

二人の間に一瞬、沈黙が走る。


「静を嫁に貰ってくれないかって言われたんだ。君のお父さんに」

善逸は真っ直ぐな眼差しで静を見ながら言った。

「もちろん、そう言われたから簪を贈った訳じゃない。その、元々そうしたいと思ってて……でも静ちゃんは大切な、今まで一生懸命守ってきた一人娘だろうしって。でもあの人がそう言ってくれて、決心がついたんだ」
「……、」
「静ちゃんは嫌、かな、」

善逸は不安になって静から目を逸らした。しかし静はこちらを向かないままだった善逸の手をぎゅっと握り締めた。驚いた善逸が思わず静の方を見ると、彼女は真っ黒な瞳から涙が一筋流して微笑んでいた。

「こんなにも私を大切にしてくれる殿方を、好きにならないはずがありません」
「!」
「実は、ずっと父様のことが気がかりでした。でもそういうことなら、もう心残りはありません」

善逸は淑やかに泣く静の手をきゅっと握り返した。しかしすぐ名残惜しそうに手を解くと、右手を彼女の髪の百合に添えた。左手で雫を拭い、頬を撫でる。そしてゆっくりと、彼女の唇に口付けた。

「……ありがとう」

瞼を開いた静の瞳に月光が反射する。善逸からはそれが新しい模様が生まれたかのように見えた。





2020.2.22