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「#幼馴染」のBL小説を読む
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ただひたすらに想う


こんこん、と静の部屋の襖を叩いたのは、間違いなく善逸だった。夜の十一時半にここを訪れるのは彼だけだったからだ。
どうぞ。静がそう言ってから善逸が中に入ってくる。今夜そうだと思った。しかし今日は違った。
襖の外から、珍しく落ち着いている善逸の声が聞こえたのだ。

「ごめん、静ちゃん、今日は壁越しのお喋りでもいい?」

その声に、静は自分でも分からない、途方もない寂しさを感じた。かたんと善逸が襖に背中を預ける音がしたが、静の気持ちはちっとも変わらなかった。ただでさえ夕方父親に「昼も庭には出るな」と意図の分からぬことを言われたばかりだったのに、と、ある種の苛立ちさえ覚えた。

「どうしてですか?」
「……ごめん、言えない。でも嫌いになったわけじゃないよ」
「見つかったらどうするんですか」
「もう大丈夫だよ」

その言葉を聞くと、何故か本当に大丈夫だと思えてまう。
実際善逸と静の密会のことは村長にはもう知られてしまったため、それは事実だった。だから善逸が壁越しの会話を望んだのは本当に個人的な理由だったのだ。
静はというと本当ならいつものように面と向かって会話がしたかったが、落ち着いた声のせいで元気がなさそうに見える善逸にそんなことを言う気にはなれなかった。

「それならいいのですけど」
「ホントに大丈夫だから、安心して。あとね、凄く申し訳ない、んだけど、明日からここに来れなくなるかもしれない」
「え?」

善逸の耳は静の混乱の音を聞き取った。彼にとっては想定内のことだった。

「ここに巣食ってた鬼の情報を掴めたんだ」
「えっ!」
「でも準備が必要でね、山の中に誘い込もうと思ってるから、もしものときのために地形を把握しておかないと俺の方が死ぬ」

ここで「返り討ちに遭う」という表現を使わなかったことを、善逸は我ながら性格が悪いと思った。「死ぬ」という直接的な言葉を使えば、静はもう何も言えないと思ったからだ。自分への信頼を利用するようだが、それは彼女のためにも絶対にしておかなければならないことだった。
実にそれは的を得ていて、実際静は善逸の言葉にひどく怖気付いてしまった。

「そ、そうですか……」
「そう。だから今日は沢山お喋りしよう」
「!」

嬉しそうな音に、善逸の気分が解れる。鬼殺の話より、しなくても生きていけるような平和でたわいも無い話をするのが静は好きだ。

「静ちゃんはさ、もし簪を付けるとしたら、どんなのがいい?」
「えっ? 簪、ですか?」
「そう! きみの誕生日にさ、付けてあげようと思って!」
「う、うーん……」

静はあんまり返事が遅いと善逸が心配すると思った。だがその質問には答えられそうもない。何せ簪というものをほとんど見た事がない。
暫く悩んでいた静だったが、突然、そんな自分にもしっくりくる答えが見つかった。


「……がいいです」
「え?」
「私は善逸さんが選んでくれた簪なら、なんでも気に入ると思います」

それは一種の告白の台詞のようなもので、善逸は声色でだけで彼女が照れ笑いをしているのが分かった。静も今日が壁越しの会話で本当によかったと思った。

「……じゃあさ」
「?」
「こう、淡い黄色の大きめの百合の飾りが二つ付いててさ」
「はい、」
「黄色い硝子玉が二つ揺れるような感じのやつって、どう?」

頭の中で想像してみる。彼らしい、と静は思って、くすりと笑った。善逸にもそれは聞こえていたようで、壁の向こうから焦ったような声がした。

「え!? 可笑しかった!?」
「い、いいえ、ふふ、善逸さんらしいと思って」
「気に入ると思う?」
「はい、とても」

初めて聞いた静の楽しそうな声に、今度は善逸が壁越しの密会を後悔した。どうせなら、表情も見たかった、と。

「黄色い百合なんて初めて聞いたので、いつか見てみたいです」
「え? い、いやー、普通に白い百合の方が綺麗だと思うよ?」
「ではなぜ黄色い百合を?」
「“淡い” 黄色だからほぼ白だし! だからいいの!!」

子供のようだと静は思った。年上の男にそんな母性本能のような感情を抱くなんてとも思ったが、今日だけはどうでもよく思えた。
「どうしてそんなに黄色にこだわるの」と聞きたかったが、それは問うてはいけない気がして、一瞬だけ口を噤んだ。

「……でもそんな華やかなもの、私に合うでしょうか」
「合うに決まってるよ! 俺が選んだんだから!」


自信満々に言う善逸に、静がまたくすりと笑う。間違いなくこれまでの中で一番楽しいと感じた日だった。
とにかく楽しくて、それでも沢山話し込んでいくうちにだんだん静は眠くなってしまい、気づけば襖の前で眠ってしまっていた。




「(……あれ?)」

ちゃんと布団で寝ていないからか体の至る所が痛い。もう朝日が登っていてひどく眩しかった。
しかしこんなときでも昨晩のせいか彼のことしか頭には無くて、また前のように壁にもたれて寝てはいないか、と心配になった。

「……善逸さん?」

壁越しに声を掛ける。返事はない。
恐る恐る襖を開けたが彼の背中が倒れ込んでくることは無かった。
心のどこかで残念に思う自分がいたが、部屋の前に置いてあったものを見て、静のそんな気持ちはすぐに消え去った。

「……簪?」

それは昨日善逸が話していた通りの形をした、綺麗な簪だった。持ち上げてみると、黄色い硝子玉がゆらゆら心地良さそうに揺れる。とても可愛らしい。しかし、付けてみようにもやり方が静には分からなかった。

「(……あっ)」


“きみの誕生日にさ、付けてあげようと思って!”

確かに彼はそう言っていた。さほど気にしていない台詞だったが、彼は最初からそのつもりだったのだろう。

静は簪を懐にしまった。これから来る一人の夜は、これを眺めて過ごすことに決めた。






2020.2.11