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ある種の未来予知


朝起きると、善逸はもう静の部屋にはいなかった。しかし押し入れから出したはずの布団が見当たらず、辺りを見回すと、なんと部屋の隅で壁にもたれながら眠る善逸がいた。布団も律儀に折りたたんで膝に被せている。いつの間に移動したのだろう。
静は悲鳴をあげそうになったがぐっとそれを飲み込んで、彼の肩を揺さぶった。

「ぜ、善逸さん、起きてください、善逸さん!」
「……んー……」
「早く部屋に戻ってください、でないと使用人の方に貴方が昨日部屋にいなかった事を知られてしまいます!」
「へ?」

ひたすら肩を揺すっていると、やっと覚醒してきたのか程なくして善逸の目が開いた。自分の眠そうな顔が目の前に並んだ2つの瞳いっぱいに映っている。

「……!?」

その瞬間善逸の眠気は吹き飛んで、顔が火が出るほどに熱くなった。後退りしようとしたがそこはもちろん壁で、思いきり後頭部を壁にぶつけてしまった。

「いっったい!!」

頭を抑えて善逸が縮こまる。一人で勝手に暴れている彼を見て、静は不思議そうに首を傾げた。

「あの、とにかく部屋に戻ってください、」
「わっ分かった……! ありがと、また夜にね!」

顔を赤くしたまま逃げ出すように善逸は部屋から出て、自分の部屋に駆け込んだ。彼はあんなに足が早かったかしらと静が驚くほどの勢いで。

暫くすると、朝食を持ってある使用人が部屋を訪れた。
その使用人というのは、昨日静を雷様に捧げろと頑なに言っていた女だった。善逸は声を聞いた瞬間それに気づき、耳を研ぎ澄ませた。

「おはようございます、我妻様。昨日の夜は部屋におられませんでしたが、どうされていたんですか?」

どきりとした。女は善逸の目をじっと睨んでいる。声色は穏やかだが、音はそれとは正反対で、善逸のことを根底から疑っているということがひしひしと伝わった。善逸は話を適当にでっち上げて、この場を収めることにした。

「……昨日は夜に村の見回りをしていたんです。鬼は主に夜に活動しますから」
「夜更けにお帰りになられたのでしょうか? 門の鍵を開けた音がしなくて、心配しましたよ」
「あ、はい。でも鍵を部屋に忘れちゃって、門はその、飛び越えたんです。すみません」
「まあ、なんて身軽なんでしょう。失礼しました、でもこれからはちゃんと鍵を使ってくださいね」

そう言って女は持ってきた朝食の膳に載せると、ゆっくりと部屋から去っていった。こめかみに垂れた冷や汗が外の廊下から入ってきた風に晒され、一気に体温が下がった気がした。
女の、ひたすら善逸を疑っていた音は、やがて何かを確信する音へと変わっていた。それはつまり善逸が夜な夜な静のところに通っていたことが勘づかれてしまったということだった。

──相当まずい状況になっている気がする。俺一人全てやりきるのは難しい。誰か味方がほしい。

そんな思いが善逸の中で膨らんでいく。しかし炭治郎や伊之助はここにはいないし、手紙を送って返事を待つ、そんな時間もない。神主の男性はここから遠い場所にいる。善逸は目を閉じ、一生懸命に黙考した。村へ来たときから今に至るまでに出会った人物を思い浮かべる。
そして善逸の一番の候補に出てきたのは、この村の村長である男だった。




***


「あの、すみません。我妻です、中に入れて貰えないでしょうか」

こんこん、と善逸は襖を叩いた。幸い村長は中にいたらしく、どうぞ、と落ち着いた声が聞こえて、善逸は恐る恐る部屋に入った。中はほぼ書斎と言ってもいいほどの本が沢山本棚や部屋の隅に積み上げられていた。

「我妻様がここにいらっしゃるのは初めてですね。なんの御用でしょうか?」
「……静ちゃんのことで、お話したいことがあります」
「!!」

男は目を見開いた。
しかし、善逸はその驚きの音と同時に、安心感、そして嬉しさの音を彼から聞き取った。ただ、それはなんら可笑しいことではない。昨日使用人の女と話していた内容を知っていれば分かる。

「あなたは静ちゃんを鬼にみすみす渡すつもりではないんですよね」
「……はい、はい」

男は何度も頷いた。声は震えていた。善逸に縋り付くような声だった。意味は十分理解できる。そして彼女の父親なら当たり前の事だ。もし昨日の言い争いから考えが変わって、娘を捧げると宣ったのなら、善逸は今日のうちに静を攫って山を降りていたかもしれない。

「静ちゃんが十六になるのはいつですか?」
「……8月31日です」

今日は8月の12日だ。一見時間はあるように見えるが、善逸一人では圧倒的に時間が足りなかった。

「俺一人じゃ、多分鬼は殺せません。でもあなたが協力してくれれば、鬼を殺して、娘さんに可愛い着物を着せて、外に出してあげられるかもしれない」
「も、勿論です。なんでも致します」
「……まず、村人、特に女子供には夜絶対に出歩かないように言うこと」
「はい」
「あと、昼であっても静ちゃんを庭に出さないで欲しい。鬼は夜目が利くんです。だから昼に庭に出て足跡が残っていたら、静ちゃんが部屋にいることがばれるかもしれない。塀も鬼は簡単に乗り越えられるから」

それと……。
善逸が続けようとしたそのときだった。


「巫様!!」

襖を勢い良く開けて部屋に押し入ってきたのは、今朝善逸に朝食を持っていき、そして昨日村長と言い争いをしていた張本人である、使用人の女だった。
女は善逸を見るなり驚いた様子を見せたが、直ぐにキッと目を釣り上げると、善逸を指さして言った。

「巫様! この男は鬼狩りでありながら静様を攫い、私達を雷様の囮にして逃げようと企んでいます!」
「……、」
「一刻も早くこの鬼狩りを追い出し、静様を雷様にお渡しして村の平和を取り戻しましょう!」

「お姉さん、鬼に脅されてるんですよね」


ぴしゃりと善逸がそう言い放った瞬間、静かな沈黙が広がった。
村長が困惑した眼差しで女を見る。
すると彼女のつり上がっていた眉はだんだんと悲しそうに歪んでいった。

「やっぱりだ。昨日からずっと考えてて」
「……千代、そうだったのか……?」

村長が女の名前を呼ぶ。千代と呼ばれた女はぽろぽろと涙を流し、こくりと頷いた。

「俺は確かにおどおどして情けないよ。でも静ちゃんと沢山話をして、何がなんでもこの子とこの村を助けてみせるって思ったんだ」
「……う、うう、」
「村長さん、この人は8月が終わるまではここに泊まらせてあげて。部屋には藤の香を炊いてね」
「はい。……千代、すまなかった。私はさっき、一瞬お前こそが鬼なのではないかと疑った」
「いいえ、私こそあんなひどいことを言って申し訳ありませんでした……!」

もう部屋で休んでいなさい。そう男が言うと、女は涙を拭って部屋から引き下がった。
雷様という鬼は、こんなにも村人たちを苦しめ続けている。善逸はぎゅっと拳を握りしめた。その様子を見ていた男は、ごくと唾を飲んだあと、善逸にあることを言った。

「我妻様、一つ私からお願いがあるのです」
「?」

「実は──……」
「……え!?」


それは善逸にとっては心臓が飛び出るほど衝撃的なものだった。





2020.2.11