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そして今日もまた夜が来る


それは、村長といつも善逸を世話をしてくれていた使用人の女性の声だった。

「もう……です。……を……るしか……」
「……だ。我妻様……れば、静を……」

会話の中で出てきた自分の名前と静の名に、善逸は良い耳をさらに研ぎ澄ました。嫌な予感がした。

「私は死にたくありません。あの鬼狩りも信用なりません。おどおどして情けない。静様を早く雷様に捧げましょう。そうすれば、村に平和が戻ってきます」

女は続けた。

「巫家にはここ二百年間の間、女は生まれなかったと聞いています。だから二百年ぶりに生まれた静様を捧げば、雷様は大いに満足してくれるはず……あの方は飢えています。だから村中の娘を攫っている」
「やっとあの方の隙をついてお呼びした鬼狩り様だぞ。お前は私に実の娘を殺せと言っているようなものだ、長く務めているとはいえ使用人の分際でよくそんなことが言えるのだな」

がたん、と部屋を出ていく音がした。善逸は慌てて外へ出た。どくんどくんと波打つ心臓は、恐怖で震えているのだろうか。それとも怒りか。


──もし、俺の考えが正しいのなら。もしそうなら、一刻も早く行かなきゃいけない。聞かなきゃいけない。


***




門を開けて、道を進み、坂道をたくさん渡った。今日2度目のことだった。神社へ行くのは

「っかん、神主さん……っ!」
「あ、あなたは、昼間の!? ど、どうしてこんな時間に、」
「教えてください! 雷様の話の、続きを! おねが、おねがいします……!」

善逸の息は絶え絶えだった。昼間に来た時よりも。だが神主は、心配して彼の方へ駆け寄ることはしなかった。ただ平坦な声で一言発しただけだった。

「何も知らない余所者に話せることはありません」

余所者。何も知らない。何も知らなくはない。貴方の求めているものではないかもしれないけれど、多分合ってる。俺はそれを知っている。声も冷たいけれど、わざとそんな声を出している。そういう音だ。

「……あの髪の長い女の子のことなら知ってます! 村長さんの家の! 入っちゃいけないっていう部屋にいた、静ちゃんのことなら!」

神主は目を見開いた。なぜそれを、と言わんばかりの顔だった。善逸は笑う余裕こそなかったが、心の中ではにっと笑っていた。

「......なるほど、そういうことでしたか......」

それならば、と神主は微笑んだ。さっきの冷たい声はやはり嘘だった。彼はどこか悲しそうに語りだした。本当の言い伝えの内容を。

「……これは、この神社の神主を継ぐ者にだけ伝えられた話です」



──昔々、巫村というところにある娘がいた。その娘は顔形、髪、肌、血までもが美しかった。
しかしある時、鬼に狙われ、ある日ついに鬼は娘のいた屋敷を壊し、瞬く間に娘を捕らえてしまった。
その瞬間、屋敷の真上から雷が落ちた。その光は夜の暗闇を照らし、村人たちが飛び起きるほどの音を轟かせた。鬼は燃え上がり消えてしまった。雷を落としたという神鳴様が言うには、
「娘の一門、俺に感謝することだ。さもなくば、お前目掛けて雷が落ちるぞ」
「他の鬼から俺が娘を守ってやる。その変わり、娘が十六になったら俺に渡せ。心配することはない、来世もその次も、その娘は生まれ変わる。瞳の模様をみれば一発なのさ」
雷様の言う通り、娘の瞳には稲妻がそのまま焼き付いたかのような模様が現れていた。そこで娘の一門は雷様の言うことに従ってしまった。娘は十六になると雷様に捧げられ、後日川の中流辺りで娘の来ていた着物が見つかったという。
しかし20年後、また女が生まれた。その娘には、神鳴様の言っていた通り、瞳に稲妻のような模様があった。その娘は十六になってからまた雷様に捧げられた。次も、その次も、そのまた次も──




「……昼に話してくれたのとはちょっと違う?」
「全く違います。あれは雷様を良く捉えたものですが、実際は真反対なんです」
「……雷様が鬼だってこと?」
「はい。厳密には、雷様が別の鬼に娘を襲わせて、さも自分が救ったかのように見せたのではないかと」
「でも鬼は落雷じゃ死なない」
「なら、人間でしょう」

つまりこうだ。
雷様はその娘を食いたかった。適当な人間(おそらく男だ)を脅して娘を襲わせてから、彼目掛けて雷を落とす。さも娘を救ったかのように見せかけて、彼女を手に入れたのだ。雷を落としたのは、「従わなければお前もこうするぞ」という見せしめもあったのかもしれない。

なんにせよ、こんなに長い間生き延び強力な血鬼術を持った鬼、簡単には倒せないだろう。ごくりと善逸は固唾を呑んだ。
さらに詳しく言い伝えについて聞いてみたが、これ以上参考になりそうなものはなかった。どうして神主達だけに本当の話が伝えられたのかは、彼自身も知らないらしかった。

「村長……巫家には、二百年ぶりに女性が生まれました」
「静ちゃん?」
「はい。だから神鳴様は飢えていて、彼女が十六になるまでは村の娘を喰っているのだと思います」

善逸は静の誕生日を知らなかった。それはいつまで彼女が雷様に捧げられずにいられるのかが分からないということだ。

「そ、れって、静ちゃんも十六になったら捧げられるってこと、ですよね?」
「......はい」

善逸はそう思った途端冷や汗が止まらなくなった。もし今日がその日だったら。ほぼありえないその可能性が何度も頭をちらついて、同時にかつて見てきた鬼の犠牲となった人々の死体が目に浮かんだ。大丈夫ですか、と神主の心配そうな声も聞こえなかった。

「あっ、待ってください!」

気づけば足が動いていた。神主が善逸に手を伸ばした時には、もう彼はいなかった。


***



「静ちゃん!」
「ひっ」

善逸が勢いよく襖を開けて部屋に入ってきたそのとき、静は驚きで思わず声を上げた。服がいつもと違う黒い詰襟だったが、金髪のおかげで善逸だとすぐに分かった。
ひどく疲弊している彼を見て、静は心配そうに歩み寄った。俯いて息を整える善逸に恐る恐る手を伸ばそうとした瞬間、ぎゅっと彼に抱き寄せられた。叫びそうになったが、なんとか口で手を抑えてぐっと堪えた。

「......よかっったあー!! よかったあ、静ちゃん生きててよかったあ、」
「?、?」

取り敢えず開けっ放しだった襖をなんとか静が手を伸ばして閉めると、善逸は彼女を抱きしめたまましくしくと泣き始めた。

「お、落ち着いてください、どうしたんですか? 何があったんですか?」
「うっ、うう、静ちゃんが、静ちゃんが、」
「私はここにいますから……だから顔を上げて、腕を解いてください」

困惑しながらも静がなんとか善逸に声を掛け続けると、彼は暫くしてやっと腕の力を緩めたが、今度は縋り付くように静の肩の辺りの布をぎゅっと握った。明らかに様子がおかしいので、何かあったのだろうと察しはしたが、さすがにその原因まで静は分からなかった。

「善逸さん?」
「……、」

善逸は俯いたままぷるぷると震えて涙を堪えていた。既にもう沢山泣いているのだから耐える意味など微塵もない。静は彼が怯えているように見えた。まるで初めて彼に部屋に入ってこられたときの自分のように。
やがて善逸は消え入りそうな声で言った。

「......こんやは、ここにいても、いいかなあ......?」

もし昨晩そう問われていたなら、きっと断っていた。しかし今日だけはそんな気持ちにはなれなかった。
間を開けずに静がこくりと頷くと、急に善逸はずるりと膝から崩れ落ちていって、静の足元に倒れ込んでしまった。

「!?、え、善逸さん!?」

突然のことに何が何だか分からず、慌てて彼の腹の辺りを確認すると、そこは穏やかに上下していて、思わずほっとして胸に手を当てた。
なんだかよく分からないが、きっと気が抜けて眠ってしまったのだろう。心配だが、これから自分も寝ることを考えればそちらのほうが良いのかもしれない。
静はうつ伏せだった善逸をなんとか転がして仰向けに寝かせ、押し入れから布団を一枚取り出して、彼に被せた。




2020.2.9