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「#幼馴染」のBL小説を読む
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転がり転がり立てずにいる


「……またいらっしゃったんですね」
「俺、約束は守るから!」

暗い部屋の中で、はあと呆れたようなため息が聞こえた。時計が秒針を刻む音がする。善逸がさっきまでいた部屋では、時計はちょうど11時半を指していた。

「いいんですか?」
「どういうこと?」
「だって、見つかったらきっと、」
「きっと?」
「わ、分かりませんけど……」
「えっ!? 逆に怖い!」

「明かりは付けないでください」。次の日善逸が部屋に来たとき、静が言った言葉だった。沢山体を動かした訳でもないのに、心臓が驚いて顔が熱くなった。口角も勝手ににやにやと上がって、なるほど明かりを付けなくてよかった、と思った。

「俺、一人でここに来たから話し相手が誰もいないんだよ」
「……私もです」
「寂しいねえ」

ずっと暗い部屋にいると、暗闇に目が慣れて、だんだん周りが見えるようになる。なので善逸からは彼女の長い髪と瞳の模様を、静からは善逸の金色の髪と瞳をはっきりとではないがお互いに見ることができた。

「静ちゃんの目はきれいだね」
「そういえば、生まれたときからあったと父様が言っていました。……善逸さんの髪も、生まれつきですか?」
「俺? 俺はね、雷に打たれてこうなったんだ。昔は君みたいな黒髪だよ」

雷ですか!? と静は驚いて聞き返した。思っていた通りの反応に、善逸はへへ、と笑った。

「では、善逸さんは雷様の寵愛をお受けになっているのですね」
「へ? 雷様?」
「はい、その髪色は雷様のお気に入りの印だと思います。私のこの瞳の模様も、雷様の印なんだそうです。父様が昔教えてくださいました」
「父様って村長さんのこと?」
「はい、お爺様は私が産まれる前に病で亡くなられたそうです」

けろりとした様子で静は答えた。やはり顔も知らない祖父のことなど所詮その程度のものだろう。
善逸は雷様云々などと言われるのはこれが初めてで、なんとなく自分の髪を一束指で摘んでじっくり観察してみた。だがやっぱりそうには見えないし、むしろこのせいで変な目で見られることも多々あったため、少し迷惑だとさえ思った。

「そういえば、村には雷様の言い伝えがあるそうなんです。鬼もその中に出てくるそうなので、もしかしたら参考になるのではないでしょうか」
「え? 静ちゃんは知らないの?」
「はい、巫家に生まれた娘は知ってはいけない決まりなんです。だから外にも出して貰えない」

巫。かんなぎ。どこかで聞いた覚えがあった。少し頭を捻らせると、それがこの村の名前であったことに気づいた。

「自分から外に出られないようにこんな平安時代の装束を着せられて、髪も切って貰えないんです。ほら、こんな格好じゃ外に出ても恥ずかしいだけですから」
「ああ......」

どうしてそんな決まりがあるのかは、静も知らなかった。江戸時代が始まるよりずっとずっと前からそうなのだそうだ。昨晩の静の悲しそうな顔の意味がやっと分かった。眉をひそめる善逸に、静は困ったように笑った。まるで善逸を窘めているかのようだった。

「......分かった、ありがとう。その言い伝えって、村の人ならみんな知ってるの?」
「おそらくですが......でも詳しく知っているのは神社の方だと思います。雷様を祀っているところで、父様がよくそこへ出掛けています」


この日は後10分ほど会話をして、2人の密会は終わった。このようにたわいもないものばかりだったが、この家が鬼とか関わっている、その確信を突くものがたくさんあった。

「......よし、行くか」

そんな訳で、とうとう善逸は真昼間の村へ繰り出したのである。


***



「……や、やっとついた......」

坂道坂道坂道。一言で言えばそんな風だった神社への道は、訓練を受けている善逸でも疲れた。

ぜえぜえとひたすら呼吸を整えていると、少し先で神社の掃除をしていた神主らしき男性が、善逸を見るなり心配そうに駆け寄ってきた。優しい音がする人で、この人が神主だと善逸はすぐに分かった。
善逸は少し落ち着いてから自分が鬼殺隊であること、そして村で続いている失踪事件の調査のためにきたことを赤裸々に話した。神主は頭のおかしい人間だと思った様子もなく、真剣に善逸の話を聞いていた。

「なるほど、言い伝えを聞きに来たんですね。坂道を登るのは大変だったでしょう」
「もうほんっとうに!! この神社お客さん来させる気ないでしょ!」

神主の男性は苦笑いをして、善逸の背中をさすった。

「......言い伝えと言うのは、こんな話です──」


── 今は昔、かむなぎの村にをとめありけり。その娘、顔形、髪、肌、血までもいと清きなりけり。
一旦に鬼なる物に狙わるれば、ある日つひに屋敷を壊し、瞬く間に娘を捕らへたり。
その瞬間、屋敷の真上より神鳴落つて、その光、夜の暗闇を照らし、村人どもが飛び起きるほどの音を轟かせ、鬼を燃やし尽くす。
娘の一門、雷様に感謝すべし。
さもなくば、再び神鳴落つるらむ──


「どうですか、これ、神主を継ぐときに暗唱させられたんですよ」
「……」

その言い伝えは昔の言葉が沢山使われていて、意味が分からない部分が沢山あった。だが善逸は所々の単語に自分にとって深い関わりがあることを感じ、これは鬼の調査に役立つのでは、と考えた。男性は、善逸がそんなことを考えているとは知らず、話を続けた。

「まあ、要するに鬼に襲われた娘を雷様が救った、という話です。ほら、昔落雷は神様が怒ったんだとか、そんなふうに捉えられていましたから」
「これは本当に昔起こった出来事なんですか?」
「さあ、私も分かりません。こういう言い伝えは段々と内容が変化していくものなので……でも、貴方も知っての通り、この村では今若い女性の失踪が相次いでいるので、雷様が攫ったんじゃないか、なんて言われていますね」

随分女好きな神様だな、と善逸は思った。もしそれが本当なら迷惑な話である。

「なんか、面白いですね」
「そうでしょうか……でも、ご満足頂けたなら何よりです」

気が付くと日は暮れかけていた。
善逸は神主に別れを告げ、坂道を降りて、長い道を歩き、屋敷に戻った。神主の顔が少し曇っていたように感じたのが心残りだった。
門の鍵は使用人から借りていたので、それを使って中にはいる。いつも出迎えてくれる使用人の女性は今日はいないようで、善逸は不思議に思いながらも土間を上がると、何やら善逸の部屋とは反対にある大広間から、誰かの声が聞こえた。





2020.2.9