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枯れ木と快晴


本当はな、お前を喰う気なんて微塵もなかったんだ。これだけは本当だ。俺は嘘なんてついてない。そう言っても普段から俺の行いを見ているお前は信じる気になんてなれないんだろうな。
時々、長い夢を見る日がある。その日は決まって目眩がするんだ。ほら、今だって。こんな暗くて何も見えない空間だから、余計に頭がくらくらする。

***





「……あ! 獪岳さん、おはようございます。今日も早くから鍛錬ですか?」
「……」

爺の家にいたとき、俺はいつも早朝に自主的に鍛錬をしていた。理由は簡単、夜はあいつ、善逸がいるから。朝は朝でこいつがいるが、あのカスと夜に一緒になるよりは断然マシだった。

「メシ」
「あ、はい! 今日は鮭のおにぎりにしてみました」

それに、こいつは俺が頼めば朝食前の軽い飯だって用意する。
葉に包まれた握り飯は日に日に大きくされていて、そういう配慮もあってこいつは俺の気を良くさせるのが上手かった。
ひとつ気に入らないことがあるとすれば、こいつは俺よりも、あいつと過ごす時間の方を優先しようとしていたこと。

「桑島さん、善逸くんがまだ降りてこないので、起こしに行ってきます」
「勝手に寝かせておけばいいだろ。飯が冷める」
「そう冷たいことを言うでない。善逸も夜中まで鍛錬をしてる様だし。なまえ、行ってあげなさい」
「はい!」

こんなやり取りがあったのも一度や二度ではなかった。俺だって早朝から鍛錬をしてたのに。そんなにあのカスの方が好きなのかよ。そう思えば思うほど、早朝に口に入れた握り飯を吐き出したくて仕方が無くなる。実際には朝飯の時間にはもう消化されているだろうが、あのカスと絡もうとするあいつの姿が俺は一番嫌いで、俺を褒めるときのあいつを俺は一番気に入っていた。みょうじなまえは、俺にとってはこの家の中で一番存在感がないように見えて、実は誰よりも俺が意識していた人物だった。なまえは俺の師匠でもなければ弟弟子でもない、召使いみたいな奴だったのに。


「着物が破れた。直せ」

ある日の夜。俺がそう言うと、あいつは目を丸くして、破れてぼろぼろになった俺の着物をじっと見つめていた。無理矢理そうしている様だった。

「おい、聞いてんのか」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「獪岳、なまえちゃんは獪岳が上の服を着てないから恥ずかしいんだよ」

善逸が少し焦った様子で、俺の耳元に口を寄せて小声で言った。顔を赤く染めて俺から着物を受け取るこいつの姿を見るのは、悪い気はしなかった。こいつが俺を異性と意識したということを実感できたから。いつもにこにこと笑っているこいつが汗をかいて恥じ入る姿はまるで猫に睨まれて縮こまる鼠のようで、それは俺に小さな加虐心のようなものを感じさせた。

「耳元で喋るな気色悪い」

ただ、それを知れたのがこいつのおかげだというのが気に入らなかった。悲しそうに眉を落としている善逸が不愉快で仕方無い。俺は舌打ちをして、擦りむいてかすり傷だらけの善逸の足を踏んづけて部屋へと戻った。善逸はそのまま立ち尽くしていたのだろう、後ろからあいつが 「どうしたの?」 と善逸を心配する声がして、俺は苛立って壁を蹴った。


「獪岳さん、獪岳さん、起きてますか?」
「なんだ」

寝るために部屋の電気を消して数十分と言ったところだった。あいつが俺の着物を持って現れたのは。俺が襖を開けると、なまえは驚いたのかびく、と体を震わせた。

「あの、着物が直せたので、返しにきました」
「随分早いんだな」
「あっ、その、手を抜いたわけではないですよ! それに、着物が破れたのは獪岳さんがいつも努力している証拠ですから」

嫌味を言ったつもりは無かったが、こいつにはそう聞こえたらしい。明らかに焦った様子を見せた。しかしこいつの性格からして本当に手を抜いたことはないだろうし、それよりもこいつが俺を褒めたことの方が俺にとっては印象的だった。

「ごめんなさい、寝てたのに部屋を訪ねてしまって」

申し訳なさそうに笑うなまえは、今浴衣を着ている。寝る直前の格好だ。いつもならほとんど見ないその服装は胸元が少し緩んでいるようで、身長の高い俺からは、真っ白な肌をした膨らみの影が見えた。

「……獪岳さん、どうかしましたか?」

そのとき、後ろで寝ていた善逸が寝返りを打つ音がした。ああ思い出した、俺はいつもこいつと同じ部屋で寝ていたんだった。いつもならまだ外で鍛錬してたはずなのに、どうしてこの日に限って。今なまえの腕を掴んで部屋に連れ込んでもしょうがないじゃないか。

「何でもない。さっさと部屋に戻れよ」
「……はい、おやすみなさい」

そう言ったなまえの表情は、俺に 「耳元で喋るな」 と言われた善逸に瓜二つだった。とぼとぼと去っていくなまえの姿。俺はだんと襖を殴って、やけくそになって布団の中へ潜り込んだ。

「お礼くらい言えばいいのに……」

善逸がぼそりと言ったその台詞が、俺の耳に届くことは無かった。





2019.11.10