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懐かしさに浸りたい


それからまた少しばかり時間が過ぎた。任務を一緒にこなして、藤の家や冨岡さんの屋敷のお庭を借りて稽古をつけてもらったり。そんな中転機が訪れたのはなんでもないただの雨の日で、そのとき私は朝起きたばかりだった。




「天方ノ父、現在危篤状態! 御館様カラノ許可ヲイタダイタ! 今スグ見舞イニ行クベシ!」
「……お父さん?」


普通なら焦るなり悲しむなりするものなのだが、中途半端に寝ている脳が正常な反応をしてくれない。慣れない鴉の大きい鳴き声が鼓膜を振動させて、暫くしてからやっと事の重大さに気づいた。


「と、とみおかさん!」

どたどたばたんと冨岡さんの部屋の襖を開けると、さっきまで寝ていたのか少し不機嫌そうに冨岡さんは布団から上半身を起こした。いつもなら機嫌を損ねてしまったとびくびくすることころだけど、でも今は怖いなんて言っている余裕は私にはなかった。


「どうしましょうどうしましょう、父の病気が悪化していると鴉から連絡が来まして、ええと、その、だから、あのですね、」


私と一緒に来てください!

そう口走りそうになって慌てて堪える。鴉はなんて言ってたっけ? もしかして私一人だけ? 何も言ってなかった?


「……落ち着け」

富岡さんとの距離が急に縮まったと思えば、彼は混乱する私の肩を持って軽く揺さぶった。軽く、と言うのは多分冨岡さんの基準で、そのとき私は目が回るほどの揺れを脳が感じていた。










「ならば俺も行こう」


正直に言うと、彼らしくないと思った。俺は邪魔だからとかなんとか言って、一緒に来ないだろうと思っていた。いや、普通の彼ならそうするはず。

「ご、ご一緒してくださるんですか?」
「……手紙を出していただろう。俺のことも書いていたなら、親も一度顔を見せてもらいたいはずだ」


……そうだ、そういえば。手紙、書いてたなあ。


私が冨岡さんのお屋敷に泊まっていたある夜。鴉が手紙を持ってきたんだっけ。両親に書いた手紙の返事だった。前もって送っていた両親への手紙には冨岡さんのことを書いていた。

“修行をつけてもらうことになりました。厳しいだろうけど、頑張ります”

と。今思えばそんなにでもなかったなあとは思うが、問題はそれから帰ってきた手紙。


“それはなんとまあ有難いことだ。お前が死ぬ可能性が少しでも減ると思うと親としては嬉しい以外の何物でもない。お礼を言いたいから、次に家に帰って来る時は連れてきておくれ。男なら尚更”


最後の一文は何か勘違いされているような気はするが、大まかな内容がこれだ。……確かに両親は冨岡さんに会いたいと書いていた。


「そう……そうですね、今思い出しました」
「ならさっさと支度しろ」
「はい!」








踏んでいた砂の音が、草木を踏む音に変わる。山に入ったのだ。私の家はこの山の少し奥にある。年寄りの両親に山を降りて一里ほど離れている町までの道は辛いだろうから、いつもは人を雇って世話をしてもらっていた。でも今日は夕方には帰ってもらうように連絡を入れたから、とても新鮮な気分だ。


この調子なら日が暮れるまでには帰れるだろう。あっという間に一軒ぽつんと寂しそうに建っている私の家が見えた。

戸の前でふうと深呼吸をして、きぃ、と傷んだ音を立てて引き戸を開く。


「た、ただいま! お母さん!」


その瞬間、とたとたと控えめで弱々しい足音が聞こえた。




「おかえり、優里」


母はにこりと笑って私たちを出迎えた。




2018.10.14



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