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「#幼馴染」のBL小説を読む
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逃避行とは言わない


怪我もすっかり治ってからすぐに鴉から司令が来て蝶屋敷を出たものの、その任務を終えてから3ヶ月、次の任務の指令が来ないのはさすがに御館様からも忘れられているのではないかと疑いたくなる。


「疑ッチャエヨ! オ前ハ影ガ薄インダカラ! モウイッソ音柱クライ派手ニシチマエ!」
「それはさすがに……」


鴉ですらこの言い様である。少し派手な簪(かんざし)くらいなら付けてみても……いや、やっぱりこのままの方が戦いやすいし、そもそも着飾るのはあまり好きではない。


「そういえば、今どこに向かってるの?」
「隣町ノ定食屋ダ!水柱ガ待ッテル!」
「は?」


水柱って、少し前に気まずい雰囲気になってお饅頭一緒に食べた冨岡さんだよね? というかそれは問題じゃない、どうして今まで教えてくれなかったんだ。それに任務じゃなくてもそんな連絡が来たなら私はちゃんと忘れられてないじゃないか。


「オ前ノ呼吸ノ特徴カラ、同ジ相手ト共ニ行動スルノガ良シ!」
「え、え、なんで柱の人なの?」
「ソコハオ前ガ柱ニナレルカノ試験ッテ思ットケバ幸セダ!」
「ちょっとそれはこわいんだけど」


顔を青くして手を伸ばしても、鴉は止まってくれる気配すらない。

「(心の準備が出来てない!)」

またあの微妙な空気を味わうのはごめんだし、隣町なんてあっという間だ。……どうかうまく私が話を振れますように。











「注文入りやしたぁー天丼定食!」
「あいよー」

「……」


これだから普通のお店は嫌なんだ。ほら、誰も私が来たことに気づきやしない。冨岡さんも正直地味だから見つからな……あ、あ、見つけた。あの特徴的な羽織の柄は。


「冨岡さん! お待たせして申し訳ありません」

「……ああ、今来たばかりだから、問題ない」


見覚えのある涼しげな瞳は怒っているようには見えない。ほっとひと安心して、向かいの席に座った。

「怪我はもういいのか」

「はい、すっかり治りました。この前はありがとうございます」

どうやら 「今来たばかり」 と言うのは本当だったようで、店員さんがお茶を置きにこちらへと向かってきた。多分これ、私一人だったら永遠に来ないやつだ。

「お茶です」

ことんと“一つだけ”湯のみが冨岡様の前へ置かれた。店員さんが私に気づいている素振りは微塵もない。
……露骨にこんなことになってしまうと、さすがに私でも悲しいんだけども。


「……一つ足りない」
「あ、すみません、今お持ちします」
「ごめんなさい、ありがとうございます」

店員さんは直ぐに一度厨房の方へ戻ると、湯のみにお茶を注いで、私の前へ置いた。そのまま店員さんは手帳と筆を両手にとる。


「ご注文はお決まりでしょうか」
「俺は日替わりのでいい。」

お前は? と言うように冨岡様がこちらへ視線を移して、私が答える。その簡単なやりとりのあいだにまたもや小さな問題が起きてしまった。

「ご注文は以上でよろしいですか?」

あ、と冨岡さんが一瞬眉をひそめたのに気づいた。もううまく話を振るどころかこんな変な体質の物凄い迷惑をかけてしまった気がする。いや気がするというより、事実だろう。そして同時に柱に対して恐怖心を持っていた私はそれだけにも関わらず足が震えてしまった。

「……まだだ」
「す、すみません気を使わせてしまって。私はざる蕎麦定食でお願いします」
「は、はい、かしこまりました……」

顔を青くして早々に去っていく店員さんに悪いことをしたな、と思った。その子は店長らしき人にわざわざそれを報告したのか、厨房の窓から拳骨をされていたのが見えた。どうやらあの子は店長の息子だったようだ。

「すまない、お前のその体質は知っていたが、日常的にこんなことが起こることは知らなかった。……もしかするとこういう場所で食事をとるのも苦手だったか」
「い、いえ、あの……違うといえば嘘になりますが、慣れてるので大丈夫です」
「……次から気を付ける」

真顔のままで棒読みで言われたその言葉に本当に気持ちが込められているのかと言われれば会うのがたった二回目の私には信じ難いことだった。でも他の柱の方々から嫌われている(らしい?)とはいえ、そこまで悪い人にはとても見えないし。


その後はこれからのことについて淡々と説明された。まずこんなことになっているのは私だけのようで、その理由は私の使用する呼吸にあった。

“影の呼吸”


それが私の使用する呼吸である。型は水の呼吸くらいの数はあるが、習得している者は水よりも圧倒的に少ない。特徴としては不意打ち技が多いところ。そして他の呼吸と決定的に違うのは“仲間に助太刀する” 専用の技があるというところだ。それは頸を切りやすいように鬼の手足を先に斬っておくだとか、仲間の刀と合わせて一緒に鋏(はさみ)のようにして頸を斬るものだとか。私のこの“影が薄い” という体質は、助太刀するには都合が良いのかは分からないが、不意打ちするにはもってこいのものなのだ。


この呼吸の使い手の中では一番かは分からないが上の階級だったから、まずお試しのような感じで珍しい助太刀の技を磨いてもらうためにこういうことを行うことになったそうだ。なので継子と普通の隊士の間くらいか。だからやろうと思えば冨岡さんは私とは別に継子を作ることも出来るのだ。欲を言えば同じ性別の女性が良かったが、今のところ継子がいない方が良いらしかった。甘露寺さんは継子はいないが、なかなか大胆な服装と髪の色をしているし、本人もお転婆な性格だから、きっと本人もその周りも私を忘れて置いていっても可笑しくない。ということで私と一番近い性質っぽい冨岡さんに白羽の矢が立ち、彼はそれを了承した、というわけだ。嬉しいようなそうでないような。


「日替わり定食です」
「……先に頂く」
「あ、はい」

冨岡さんの箸は真っ先におかずの鮭大根に向かっていった。……鮭大根が好きなんだ。ちょっと口角が一瞬上がったような気がしなくもないな。



「……御館様の言うにはお前を育てて、新人の剣士と任務に行かせ、できる範囲で手助けしながら生存率と剣士の質を上げていきたいとのことだった。甲まで来れたお前なら確実に才能はある。引き受けてくれるか?」


一応疑問形だけど、御館様からのお誘いだという以上、断るわけにもいかない。

「はい、もちろん。これからよろしくお願いします」
「……ああ」







ちなみに言うと私だけに留まらず注文したざる蕎麦定食まで忘れられていた。冨岡さんも呆れていたから、私は笑って誤魔化した。そしてそこらへんの屋台にあったお団子を買って食べたのだった。



2018.10.8



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