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「#幼馴染」のBL小説を読む
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すきなんだと


今までより経験したことがないくらいのなんとも言えない雰囲気に、私はどうすれば良いのか分からなくなった。そもそもいきなりすぎて脳は状況を整理するのに今は時間をかけてしまっている。


“少し、ひとりにさせてほしい”


御館様の部屋から戻ってきた瞬間にそんなことを言われてしまい、私は固まった。一緒に和やかに話をしていた甘露寺さんと胡蝶さんさえも。(胡蝶さんに至ってはちょっと怒っていた)取り敢えず帰るときは二人で帰らなければいけない、でも冨岡さんはひとりにさせてほしいと言っている。どうしようもないその状況に、私はわけも分からず冨岡さんの何十歩か後ろを歩いていた。

御館様は何を冨岡さんに話されたのだろうか。それだけが気になって仕方がない。でも私にはそれを聞く勇気が出てこなくて、結局中途半端な距離を空けて帰ってきた私達に、屋敷にいた家政婦の人達は不思議そうに首を傾げていた。

冨岡さんと一緒に食べていた夕飯も味がしなくて、ただずっと頭で悶々と考えていた。でも今のところ悪いものしか浮かばない。私のこの生活もそろそろやめにするとか、継子の申請が来ているからだとか……それとも誰かとのお見合いの話が出た、だとか。可能性としてはそんなところだろうか。冨岡さんはいつも澄ました顔をされているから、この状況の深刻度があまり分からない。いやいやでも、こんなことになってしまったのはこれが初めてだからなあ。こういう気まずい空気がいちばん苦手なんだ。だからもうそろそろやめにしたくてたまらなくて、私は恐る恐る進めていた箸を止めた。


「冨岡さん、」
「……」
「御館様は、何をおっしゃっていたのですか?」
「……」
「無視しないでください」
「……怒ってるのか?」
「怒ってません」


どうしたってこの人は肝心な時にそんな頓珍漢なことを言うのだろう! というか、冨岡さん自身も不機嫌な雰囲気を出していたのに、人の事言えないじゃないですか! 正直そんなことも言ってやりたいけど、さっき怒っていないと言ったばかりなのに、言ったらきっと怒っているふうに聞こえてしまう。

「……ほんとうに、怒ってませんし、怒りませんから、ちゃんと教えてください。言っておきますが、『お前には関係ない』なんて言わないでくださいね」


私がそう言うと、冨岡さんはまた黙り込んでしまった。私はなんだか悪いことをしているような気がして、これ以上追求することはできなかった。冨岡さんは何も言ってくれなかったけど、暫くした後、やっと口を開いてくれた。


「……すまない、」

「……だから私は、謝って欲しいんじゃなくて、」

「すまない」

「聞いてますか」



「好きだ」




その瞬間、冨岡さんは顔を上げた。その視線はまっすぐに私に向けられていて。でも肝心の私は目を白黒させるばかりで、なんとか喉に力を込めた。


「……そ、それはどういう……」
「御館様から、お前を正式に妻として娶らないか、という話だった」
「は、話が飛躍し過ぎでは? 私はそもそも……」
「無理矢理にとは言わない。だが少なくとも俺はお前を好いているし、だからこそお前にその簪を贈った」


冨岡さんの視線が私から私の髪に付いている簪へと移る。この簪を冨岡さんに頂いたとき、私はそんな感情を彼に向けられているなんて思ってもみなくて、ただ上司として、日々の仕事の御褒美、という感覚で受け取ってしまっていた。……いや、でも私は薄々勘づいていたはずだ。今までだって思わせぶりなことを、冨岡さんは行っていたじゃないか。

「もちろん、鬼殺をやめろなんてことは言わない。お前だって、大切な人を鬼に殺されたのだから」


私と遊んでくれた、近所の友達。お父さん、お母さん。ずっと死ぬまで鬼殺ばかりだと思っていたのに、こんな幸せなことがあっていいのだろうか。

……でも私は仮にこの問いに駄目だ、と答えられたとしたら、と考えたとき、それを受け入れられるとは思えたかった。

私は、冨岡さんの思いに答えたいと、そう思ったのだ。



「……私は、冨岡さんのことをそういった目で見たことは、ないと思います。『夫婦らしいこと』も、あまり分かりません。……でも、こんな私で良ければ……その、よろしく、お願いします……」



私は途中で恥ずかしくなってきて、火照ってきた顔を隠すように、下を向いて縮こまるように最後の言葉を言い終えた。冨岡さんは少し黙って、「顔を上げろ」 と一言。私は恐る恐る顔を起こした。

冨岡さんの、ゆるく上がった、口元が見えた。



「ありがとう」





ああ、これからは毎日、この笑顔が見られるのかな。だとしたら私は、世界の中でいちばん幸せ者だ。



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