そわそわと風になびく木々達がどうしても緊張をほぐそうとしている人に見えるのは気の所為なのだろう。辺りもすっかり暗くなって、一筋の光すらも見えない。もう鬼が出てくる時間帯だ。
「神社の方が言ってたんだけど、鬼は狛犬の影に隠れに来るらしいから、そこを狙うの。人が来る前にね」
「あ、あのさ優里さん、」
昼間のかっこつけた様子はすっかり無くなってしまい、善逸は若干声が震えていた。もうすぐそこに鬼との戦いが待っているからだろう。
「どうしたの?」
「……本当に優里さんは何もしないんですか?」
「うん。でも三人で戦うんだし、みんな初めてじゃないでしょ? それに、何かあったら絶対に助けるから大丈夫」
優里さんは困ったように軽く笑みをつくると、子どもをあやすようにその震える手を両手で包んで軽く握った。善逸はさっきまで青かった顔があっという間に真っ赤に染まり、ついでに口角も上がっていく。優里さんはそんな善逸の様子を見て何か思いついたようで、小さな声で、だけどはっきりと善逸のやる気が出る魔法の言葉を口にした。
「我妻くんのこと、応援してるよ。頑張ってね」
「は、はい! もちろんですとも!」
そこから鬼が現れるまでにそんなに時間はかからなかった。
そわそわと揺れる木々の音の合間から足音が聞こえる。やがて姿を見せた鬼はおぞましい姿をしていて、時折口と思わしき場所から唾液を地面に落として砂を濡らした。……とても知能が高いようには見えない。いや、それ以上に非常事態とも言えることがあった。あろうことかその鬼は若い女の人と、その旦那さんと思われる男性を抱えていたのだ。女性の方は泣き叫んでいて男性の方は既に右腕を喰われて気を失っていた。血の匂いがしつこく鼻に纒わり付いているみたいだ。一気にぴりりと空気が引き締まったのが分かった。これじゃあ飛び出した瞬間に彼らを人質に取られてしまう。
どうしよう。そう思った瞬間、俺は胴体と切り離された鬼の首を見た。優里さんだ、優里さんが斬ったのだ。元々彼女の匂いが薄いにしても、あんなに早く動いたのに、草の音さえもしなかった。もしかしたら善逸には聞こえたかもしれないし、そうでなくても伊之助がそれを感じたかもしれないが、当の彼らも呆然としている。
「ごめんなさいみんな、最初の話の違ってしまって。思っていたよりも状況が酷かった」
びり、と優里さんは自分の羽織を破いて、男性の右腕の断面の少し上に強くそれを巻き付けた。女性の方はありがとうありがとうと泣きじゃくっている。
「ありがとう、ありがとうございます、ぅ、和人さんは、和人さんは助かりますか?」
「……止血は終わりました。腕を喰われてからそんなに時間が経っていませんでしたから、もう大丈夫です」
手伝って貰ってもいい?
俺達はそう優里さんに言われるまで全く動くことが出来なかった。鬼殺からの応急処置も含めて本当にあっという間の出来事だった。
「四人で来た意味がほとんど無くなってしまってごめんなさい」
「命には代えられませんから! 謝らないでください!」
俺達は鴉に連絡してもらって、結局泣き疲れてしまった女性と気を失ったままの男性を隠の人達に預けた。後で聞いた話だが、優里さんの判断通り男性の方は無事生きていた。片方の腕がなくなってしまったが、夫婦共々元気に過ごしているみたいだ。
優里さんはすぐにその後任務が入ったみたいで、早々に俺達から去っていった。ただ、それまでの少しの間に優里さんに鬼を斬った時のことを聞いた。彼女が扱う呼吸が少々特殊なものらしい。呼吸を二つは使えないから、今度気配の消し方だけでも教えてもらおうかなと思った。……いや、あれは体質なのだろうか。そういえば、あの後伊之助が優里さんの真似をしようと変な運動をやり出して善逸が気味悪がっていたのにはさすがに笑ってしまった。
「神社の方が言ってたんだけど、鬼は狛犬の影に隠れに来るらしいから、そこを狙うの。人が来る前にね」
「あ、あのさ優里さん、」
昼間のかっこつけた様子はすっかり無くなってしまい、善逸は若干声が震えていた。もうすぐそこに鬼との戦いが待っているからだろう。
「どうしたの?」
「……本当に優里さんは何もしないんですか?」
「うん。でも三人で戦うんだし、みんな初めてじゃないでしょ? それに、何かあったら絶対に助けるから大丈夫」
優里さんは困ったように軽く笑みをつくると、子どもをあやすようにその震える手を両手で包んで軽く握った。善逸はさっきまで青かった顔があっという間に真っ赤に染まり、ついでに口角も上がっていく。優里さんはそんな善逸の様子を見て何か思いついたようで、小さな声で、だけどはっきりと善逸のやる気が出る魔法の言葉を口にした。
「我妻くんのこと、応援してるよ。頑張ってね」
「は、はい! もちろんですとも!」
そこから鬼が現れるまでにそんなに時間はかからなかった。
そわそわと揺れる木々の音の合間から足音が聞こえる。やがて姿を見せた鬼はおぞましい姿をしていて、時折口と思わしき場所から唾液を地面に落として砂を濡らした。……とても知能が高いようには見えない。いや、それ以上に非常事態とも言えることがあった。あろうことかその鬼は若い女の人と、その旦那さんと思われる男性を抱えていたのだ。女性の方は泣き叫んでいて男性の方は既に右腕を喰われて気を失っていた。血の匂いがしつこく鼻に纒わり付いているみたいだ。一気にぴりりと空気が引き締まったのが分かった。これじゃあ飛び出した瞬間に彼らを人質に取られてしまう。
どうしよう。そう思った瞬間、俺は胴体と切り離された鬼の首を見た。優里さんだ、優里さんが斬ったのだ。元々彼女の匂いが薄いにしても、あんなに早く動いたのに、草の音さえもしなかった。もしかしたら善逸には聞こえたかもしれないし、そうでなくても伊之助がそれを感じたかもしれないが、当の彼らも呆然としている。
「ごめんなさいみんな、最初の話の違ってしまって。思っていたよりも状況が酷かった」
びり、と優里さんは自分の羽織を破いて、男性の右腕の断面の少し上に強くそれを巻き付けた。女性の方はありがとうありがとうと泣きじゃくっている。
「ありがとう、ありがとうございます、ぅ、和人さんは、和人さんは助かりますか?」
「……止血は終わりました。腕を喰われてからそんなに時間が経っていませんでしたから、もう大丈夫です」
手伝って貰ってもいい?
俺達はそう優里さんに言われるまで全く動くことが出来なかった。鬼殺からの応急処置も含めて本当にあっという間の出来事だった。
「四人で来た意味がほとんど無くなってしまってごめんなさい」
「命には代えられませんから! 謝らないでください!」
俺達は鴉に連絡してもらって、結局泣き疲れてしまった女性と気を失ったままの男性を隠の人達に預けた。後で聞いた話だが、優里さんの判断通り男性の方は無事生きていた。片方の腕がなくなってしまったが、夫婦共々元気に過ごしているみたいだ。
優里さんはすぐにその後任務が入ったみたいで、早々に俺達から去っていった。ただ、それまでの少しの間に優里さんに鬼を斬った時のことを聞いた。彼女が扱う呼吸が少々特殊なものらしい。呼吸を二つは使えないから、今度気配の消し方だけでも教えてもらおうかなと思った。……いや、あれは体質なのだろうか。そういえば、あの後伊之助が優里さんの真似をしようと変な運動をやり出して善逸が気味悪がっていたのにはさすがに笑ってしまった。
2018.11.24