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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

世渡り上手も短所と成る 後


八百屋さん……即ち川村さん夫婦と少し世間話をした後、なまえちゃんから渡されていたおすそ分けの漬物を渡したら嬉しそうに受け取ってくれた。なんでもその漬物の材料に使ったきゅうりはこの八百屋さんのものだったらしい。
さて、次は確か駄菓子屋さんの向かいの家だったか。特に道に迷うこともなく、すんなりとその新江と書かれた表札が掲げられた家に辿り着いた。引き戸を開けて 「我妻です」 と名乗ると、中から出てきたおじいさんは驚いたように目を見開いた。

「えっ!? あの子旦那さんいたのかい!?」
「へ?」
「うちの孫がみょうじさんに贈り物をしたいってさあ、あんたのお家行っちゃったよ!」
「は?」

よぼよぼのおじいさんだとは思えないくらいの声量に最初はびっくりしたけど、おじいさんの二言目に、こんな声出せるんだってくらい低い声が出た。俺の頭の中は“早く帰らないと!”これでいっぱいだった。まだ自己紹介もしてないしおすそ分けも渡していないのに。

「(どうしようどうしよう! 俺がなまえちゃんを放っておいたばっかりにそこらへんの男に目付けられるなんて! 今すぐ帰らないとなまえちゃんがあんなことなこんなことを……!!)」

いつもの優しい笑顔でほぼ初対面の男に笑いかけるなまえちゃん。そんな純粋な笑顔を汚すようになまえちゃんの着物の合わせ目に手をかける男の姿。想像して思わず鳥肌が立った。

「うわああそんなの絶対嫌だ!!!」
「!?」
「おじいちゃんこれ! 俺の可愛い可愛いお嫁さんが作った漬物!!! あんたには気の毒だけどお前の息子がなまえちゃんに酷いことしてたら承知しないからな!!」

俺はそう吐き捨て、おじいさんに無理やり漬物の包まれた風呂敷を押し付け、自分の家へ全力で走った。するとものの数分で“我妻”と書かれたその表札が見えてくる。玄関の戸は開いていて、俺と同じくらいの背の男の背中が見えた。そしてその近くでなまえちゃんの音も聞こえた。

「何してんだうちのなまえちゃんに!!!」
「!?」

俺は玄関に入った瞬間男の背中を押しのけ、丁度式台に立っていたなまえちゃんを抱き上げて、抱きしめてまま男との距離を取った。はあはあと呼吸が荒くなる。なまえちゃんの顔を見やるとその目は驚いて飛び跳ねた時の猫のようにまんまるになっていた。その顔に少しきゅんとしながらも、呆然としたまま棒立ちになっている男をキッと睨めつけた。

「うちの嫁さんに! なんか用ですか!?」
「えっ!? そ、その、私は……」
「いややっぱり喋んないで! どうせなまえちゃんに旦那がいないと思っていやらしいことしようと思ってたんだろ! この子が押しに弱そうだからって……」
「いや、我妻さんに旦那さんがいるってことは知ってますけど……」
「は?」

最初は動揺を見せた男は、そのまま何が何だか分からないと言うふうに俺の言葉を遮った。

「で、でもお前のじいさんは」
「祖父は耳が悪くて」

俺は思わず間抜けな声が出た。男からはひとつも嘘をついている音がしなかったのだ。未だ俺の腕の中にいるなまえちゃんは、少し気まずそうに口を開いた。

「その、宗介さんは宿を営んでおられるらしくて、藤の家紋も掲げてるらしいの。今日は私達にお祝いの品を渡したくて、こうしてお饅頭を渡しに来てくれただけで……」
「……」
「……な、なんかあの、すみません」

穴があったら入りたい。なくても自分で穴を掘って埋まってやる。当時の俺の心境は、まさにそんな感じだった。




***



「ほんっとごめんなまえちゃん! 俺てっきりなまえちゃんが何かされたのかと思って……!」

その後俺は饅頭を贈ってくれた宗介さんに土下座をする勢いで謝り倒した。彼は 「いいえ、それだけ奥さんを大切にしているということですから」 と笑って許してくれた。とても良い人だった。

「ううんいいの、ありがとう」
「ほんとに……?」
「実を言うと、ちょっと嬉しかったから」
「えっ!?」

俺が驚きの声を上げると、なまえちゃんは照れくさそうに笑って、少し顔を逸らした。

「ほら、最近善逸くん任務ばっかりで、あんまり一緒に過ごせなかったし……だ、だから元気出して!」
「……!!」

心臓を握りつぶされたような衝撃が走った。なまえちゃんはにこにこ笑っているけれど、音はとてつもなく恥ずかしいというような音だった。俺は思わず目の前のなまえちゃんを抱きしめた。
そして俺はこのまま一生この子を腕の中に閉じ込めておきたいさえ思ったのだった。






2019.10.13