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「#幼馴染」のBL小説を読む
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世渡り上手も短所と成る 前


なまえちゃんと暮らすようになってひと月が経ち、「ただいま」 の声も上ずらなくなってきた今日この頃。いきなりだが、俺には心配事がひとつあった。

それはご近所付き合いだ。実はなまえちゃんと結婚してから誰かの恨みなのかと疑うほど仕事が詰め込まれ、この慣れていない土地だと言うのに一言交すことはおろか、近所の人への引越しの挨拶すらもしていなかった。初めが肝心だとは言うが、恥ずかしながら家とその周りのことはすべてなまえちゃんに任せっきりだったのだ。そう、だから!

“善逸くん、実は今日漬物を作ったんだけど、初めてで作りすぎちゃって……近所の人におすそ分けしに行って貰えないかな? ”
“え?”
“だって善逸くん、任務続きでご近所さんとぜんぜんおしゃべりしてないでしょう? あっ、でも仕事で疲れてるなら、このまま休んで……”
“いや!! ぜんっぜん疲れてなんかない! 行くよ!! だれのお家に行けばいいかな?”
“えっ? ええと……”


まず家を出て左に曲がって歩いてすぐそこの八百屋の川村さん、それからまた少し先の駄菓子屋さんの向かいの新江さんのお家。
そこそこ長い。でもそのゆったりとした声を何度も脳内で復唱させて、漬物が包まれた風呂敷を持って歩く。いつの間にかなまえちゃんがこの町の一員になっていることに素直に焦りを覚えた。もちろん彼女と比べて自分がこの場所に全く溶け込めていないからというのもあるのだが、それだけではなかった。

「あっ、そこの金髪の人! もしかして我妻さんの旦那さん!?」
「ヘッ」

考え事をしていたせいか、八百屋があるのに気づかずに通り過ぎようとしていた俺に突然声をかけた男性がいた。男性は見た感じ四十代くらいの人柄の良さそうなおじさんだった。

(あっ! ここがなまえちゃんの言ってた八百屋さんね!?)

俺が焦ってもだもだしていると、男性の声を聞き付けたのか、裏手の方から彼の奥さんらしき女性も出てきた。

「あら、この人が? 」
「金髪の人なんですってあの子が言ってたんだから間違いないだろ」

もしかしてこの人もなまえちゃんと顔見知りなのだろうか。ここに来てから一ヶ月しか経ってないのに、もうそんなに顔が広いなんて!

「鴉さんが鬼狩り様とその奥さんが近所に越してくるって言うからさ、ついお邪魔して日々の感謝ってことでうちの野菜たっくさん押し付けたのよ」
「……ああ!」

そういえば最近の食卓はやけに野菜を使った料理が多かったことに気がついた。そうか、あれはこのお店のだったんだ。昨日だって、早く使い切らないとってなまえちゃんがたけのこ丸ごと使って炊き込みご飯を作ってたっけ。買いすぎたのかなって思ってたけど、こういうことだったんだな。

「そんな、ありがとうございます。俺知らなくて」
「あら、いいのよそんなこと! いつも私たちが平和に暮らせてるのは鬼狩り様のおかげなんだから!」
「え? でもここは……」

お店のすみずみまで見渡してみても、藤の家紋は見当たらない。きょろきょろしている俺を見て奥さんは面白そうにくすりと笑った。

「ごめんね、うちは小さいから家紋を掲げられるほど裕福じゃないのよ。でもここは遠い昔鬼の襲撃にあってね……もう町自体が藤の家みたいなものよ。これからよろしくね、ええと……」
「あ、善逸と言います」
「善逸さん、鬼を狩るのもとっても大事な仕事だろうけど、お嫁さんのことも大切にしてあげるのよ。私にみたいに」
「何を照れくさいこと言っとるんだ」
「ふふ、すみませんねえ」

あ、でも新婚さんなら余計なお世話かしら、と女性は揶揄うように笑っていた。俺となまえちゃんも歳をとってもこんな夫婦になりたいなとふと思った。





2019.10.13