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はじめの一歩(強制)


ねえ神様、なぜ今俺は爺ちゃんとなまえちゃんの向かい側で正座をさせられているのでしょうか。割れた湯のみを新聞に包んでほっと一息着いた瞬間にこの居間に引きずり出されたのである。別にそれはいいんだけど、二人からいつにも増して真剣な音がする。何だろう。悪い知らせだったりしたら嫌だな。でも一度そう思うと思考はどんどん悪い方向に回っていくもので。もしかしたら勘当かな、とか、本当にもう二度と帰ってくるな、なんて言われるのかなとか。

「善逸、お前に大事な話がある」
「な、何でしょうか」
「なまえのことなんだがな」

あ、違った。取り敢えずはよかった。でも爺ちゃんがそう口に出している今も、なまえちゃんの視線はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。たまに俺と一瞬目があったかと思えばすぐに逸らされてしまう。いつも穏やかで優しさで包み込んでくれるような、落ち着いた音だったはずのなまえちゃんの音は今は安定していない。この子のこんな音、初めて聞いた、気がする。

「なまえももう年頃だ。もう結婚できる年齢であるし、もうそろそろ街へ出て縁談を頼まなければならない」
「……は?」
「今の所は、藤の家紋の家の男のところへ一度伺ってみようと思っている」
「は?」

なんだよそれ。なんで俺に何も無く勝手にそんな、決めてんの。俺に許可を取れよせめて。俺はなまえちゃんと一年以上も一緒に暮らしてきたんだぞ。それをぽっと出の名も知らぬ男に。いや、藤の家紋の家ってことは俺たちを助けてくれる人だとは十分承知してるんだけどね! でもそれとこれとは話が別じゃない? 今は恥ずかしがってるのか音が不安定だけど、なまえちゃんのあの心地好い音を俺は聞けなくなるの? 嫌だよそんなのあんまりじゃないか。
どろどろしているようで、どこかさっぱりしたような色んな感情が俺の頭の中をぐるぐる回る。思ったことを叫んで口に出すのは十八番のようなものなのに、この時はなぜか口が餌を待つ金魚のようになるばかり。いやいやでもこのまま黙っているのは駄目だろう。こういうときは結論を先に言うのが一番いいんだよ。
そこで俺の思考の波はぴたりと止んでいた。

「なんでわざわざ遠いとこに行くの!? 俺は!? こんな近くに俺がいるじゃん!! なんで!? 素性を知らない男より知りまくってる俺の方が全然いいでしょ!!」

だん、と俺たちの間に挟まれたちゃぶ台が大きく跳ねる。俺が思いきり両手で叩いたからだ。あっ、なまえちゃんびっくりしちゃった、ごめんねほんとに! だけどこれだけは譲れないんだよ。本当はもっと俺がなまえちゃんを守れるくらい強くなってから言いたかったよ。こんなことになるんならもっと早く……あれ?

「(なまえちゃんから嬉しそうな音がする)」

「ほら、だから言っただろう。心配することは何も無いと」
「は、はい」
「は? 」

お前は変なところで心配性だからな、と爺ちゃんは呆れたように俯いているなまえちゃんの頭をぽんと叩いた。先程盛大に跳ねたちゃぶ台の静かさがやけに二人の会話を強調して、混乱している俺に 「ざまあみろ」 と笑っているようだった。

「さあ善逸、さっさとなまえを連れて帰れ」
「は? 」
「お前がそこらの男より俺が良いと言ったんだろうが」
「俺鬼殺隊だよ? 死ぬよ?」
「お前はもう死なん」
「ほんとにいいの?」
「いいも何も、最初からなまえはお前のことを選んどった。少し心配性が過ぎただけだ」

爺ちゃんそんなにはっきり言ってあげないでよ、なまえちゃん超恥ずかしがってるじゃん。いや、こういうこと聞いた俺も共犯だけど。そういえば、もうひとつ大事なことを忘れている気がする。

「……あっ! 獪岳! 獪岳はなんて言ってたの?」
「興味ありません、とのことだ」

……なんというか、あの人らしい。そうか、あいつが選別に合格して鬼殺隊になってから全く会ってなかったけど、一応元気にしてたんだな。良かった、まだ嫌いだという気持ちは消えないんだけど。でもこれで唯一の気がかりはなくなった。ということは……ということは?

「……えっ? じゃあ結局俺はなんの障害もなくなまえちゃんと結婚できるってこと?」
「さっきからそうだと言ってるだろう」
「ほ、ほんとに!? 夢じゃない!? いいのなまえちゃん、こんな俺で」

なまえちゃんは今日初めて俯いていた顔を少し上げて、うん、と控えめに頷いた。嬉しさで思わず口角が上がる。自分に降りかかった今までの不幸はすべてこの出来事のためにあったのだと思えてしまうほど喜ばしい。ずっと、俺が生きている限り永遠に続く幸せ。嬉しさで涙が込み上げてくる。ほんとにこれ、夢じゃないよね?

「善逸、男が泣くんじゃない!」
「だって、だってさあ……」

いやでも、爺ちゃんの言う通りかもしんない。結婚が決まった瞬間、しかも奥さんになる女の子の前で泣く男ってなかなかいないでしょ。でもこういう男をなまえちゃんは選んでくれたんだよな。
俺は、俺に恋した子の音なんて聞いたことないと思ってた。だって俺を好きになってくれる子なんていなかったから。居るはずもなかったから。
でも違った。なまえちゃんが俺に向けてくれていたひどく優しくて、でも炭治郎とは少し違う音。それは彼女独特の音だと思っていたけれど、違ったんだな。それは、好きな人だけに向ける特別な音だった。俺は知らずのうちにその音に触れていた。このはかない音に、俺は今日気づけた。こんなに嬉しいことって他に無いと思わない?

「(……ああ、)」

今日からの俺は、日本一の幸せ者だ。




2019.8.15