家族が増えました
長く続いた任務が終わり、俺が家へ戻ってこれたのは、最後に俺が家を出てから丁度1ヶ月立った日だった。夕飯の洗い物をしているはずのなまえちゃんがなかなか戻ってこないので、手伝おうと台所に向かうと、何やらこそこそと何かを作っているみたいだった。
「なまえちゃん?」
「!!」
大変驚いた顔を見せたなまえちゃんは、なんだか悪いことをしていたのを見つかった幼い子供みたいだった。変だよな、なかなかなまえちゃんが台所から出てこないから心配して来ただけだったのに。
「どうしたの?」
「え、ええと、その……」
「何これ? 魚?」
なまえちゃんの手もとにあったのは、見覚えのない小皿だった。その上に魚(だと思う)の肉をほぐしたものがほどほどに盛られている。もちろん俺は魚が嫌いってわけじゃない。でもこんな中途半端な量は食べないし、そもそも今日の夕飯はもう終わったばかりだ。
なまえちゃんはずっと居心地が悪そうにもじもじしている。もしかして、ご飯が足りなかったからこっそり食べたかったとか? なにそれかわいい。でも残念ながら空腹の音はしていないし。
そんなとき、不意に庭の方からにゃあ、と声がした。
「……なるほどね、別に隠すことでもないのに」
「えっ?」
「ほら! 猫ちゃんにその魚あげに行くんでしょ? 」
「へ、」
「なんでしってるの」となまえちゃんが目を丸くする。まあそりゃあ、旦那の勘ってやつかな。ちょっと冗談で言ったつもりだったんだけど、なまえちゃんがちょっと嬉しそうに笑うもんだから、俺は黙っておくことにした。
***
むしゃむしゃと魚を夢中で食べている猫の姿は、まるで天ぷらにがっつく伊之助みたいだった。そんな猫を屈みながら眺めているなまえちゃんの顔は、ちょっと俺に似ている気がする。一言で表すなら「でれでれ」って感じ。こんな表情初めて見た。かわいい。
「ねえ、なんで隠してたの? 別に悪いことしてたわけでもないじゃん」
「えっ!?……だ、だって善逸くんが稼いだお金で魚とか、買ってるわけだし」
「そんなこと!?」
俺が大声を出したせいで、もうすぐ魚を食べ終わりそうだった猫がびくっと飛び上がった。ごめんねと頭を撫でようとしたら、猫はなまえちゃんの方に逃げてしまった。早速嫌われたらしい。
「ごめんね、この子臆病で、私も慣れてもらうのに苦労したんだ」
「そうなんだ」
「すぐ近くの路地裏で暮らしてたみたいなんだけど、こんなんだから、ほかの猫に追い出されてうちの庭に逃げてきたらしくて」
優しい手つきで猫を撫でるなまえちゃん。気持ちよさそうに目を細める猫はちょっと汚れているけれど、綺麗な橙色が混じった茶色をしていて、ちょうど光の反射で金色の毛色にも見えた。俺の髪色にそっくりだと思った。……性格も。
「……なまえちゃん、俺、この子と一緒に暮らしたい」
「えっ?」
「ほかの猫から逃げる生活も気の毒だし、俺たちもまだ生活には余裕があるし……ご飯をあげるなら、どうせなら他の世話もしてあげたいんだ。駄目かな?」
「……う、ううん! 駄目なわけないよ!」
なまえちゃんはきらきらと目を輝かせて言った。「お前、俺たちと一緒に暮らしたい?」そう猫に聞いたら、少し沈黙してから「にゃあ」と鳴いて、俺の元に寄ってきた。まるで心から賛成しているかのように。
「えっ、俺、今日で初対面なのに! 嫌われたと思ったのに!」
「きっと善逸くんが優しい人だってわかったんだよ」
「やだうれしい!!」
そう言うと猫はまたびっくりしてなまえちゃんの方へ戻ってしまった。みーみーと鳴いてなまえちゃんの手に擦り寄るその子はなんだかまるで……。
「ふふ、善逸くんみたい、この子」
「……!!」
「?」
「俺も今、全くおんなじこと思った!!」
十ヶ月待ったわけでもない今日のこの日、非常にいきなりですが俺たち夫婦、家族が増えました。
2020.1.5