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「#幼馴染」のBL小説を読む
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憧れのアレ


「ええええーっ! ナシになっちゃったのォ!?」
「うん、ごめんね」

申し訳なさそうににこちらを見るなまえちゃんを見ていると俺は何も言えなくなってしまって、いかにも露骨にがっかりしたという台詞を吐いてしまったことに後悔した。

「メイド喫茶はやっぱり駄目だって冨岡先生に言われちゃったらしくて」
「ふざけんな俺の夢を返せ!!」
「まあまあ……」

メイド喫茶。そう、今年の文化祭の出し物のことだ。なまえちゃんのクラスもそれについて話し合ったらしく、最終的に決定したのがメイド喫茶、だったのだ。俺は彼女からその話を聞き、それはもう喜んだ。もちろん心の内で。
ただそんなことをあの冨岡先生が許すはずもなく、残念ながらなまえちゃんのクラスは今年大ヒットした映画(タイトルは忘れた)をテーマにした喫茶店をすることになった 、ということだった。

「なまえちゃんのメイド姿、死ぬほどみたかったのに、うう……」
「恥ずかしかったから、私はよかったかなあ。サンプルで貰った一着は同じクラスの子が持って帰ってくれるって言ってたし」
「え?」
「あっ」

しまった、と言わんばかりにどくんとなまえちゃんから動揺と焦りの音がした。サンプルの一着? メイド服の?
俺は思わず席から身を乗り出した。なまえちゃんが「善逸くん、ここ食堂だから……」という声がしたが、聞こえないふりをした。

「っなんで言ってくんないのぉ!? だれ! 誰が持って帰ることになったの!?」
「……し、しらない」
「水野さん!?」
「……」
「浜上さん!?」
「……」
「相川さん!?」
「……」
「相川さんね、分かった! 貰いに行ってくる!」
「えっ、な、なんで……!?」

取り敢えず思いつく限りなまえちゃんのクラスメイトの名前を口にしてみると、幸運なことにその中に該当する人物がいたらしい。名前を言った途端明らかに動揺した様子を見せたのですぐに分かった。なまえちゃんのクラスへ駆け出す俺を彼女はもちろん追いかけたが、生憎俺は足だけ早いんだ! なまえちゃんでは追いつけるはずなどない。
でも置いていくのはなあ、と思ったので、俺は一定の距離を保って教室に向かうことにした。

***



「まあ、別にいいけど。私も委員長だからって押し付けられただけだったし」
「やった!!」

そうして難なく委員長の相川さんからメイド服を取り返すことに成功した俺は、さっきまでの暗い気持ちが嘘のように爽快とした気分だった。ぜえぜえと膝に手をついて苦しそうにしていたなまえちゃんは観念したのかはあ、と大きく息をついた。

「ね! なまえちゃんきっと似合うからさ! 俺が保証する!! だからお願い着てください!」
「……、うう……そ、そこまで言うなら」
「え!? いいの!? 自分から言っといてだけど!」
「善逸くんが楽しみにしてくれてたことは一番知ってるし……」

優しく微笑みながらもどこか虚しさを含んでいる笑顔だったが、俺はもうその言葉が嬉しくて嬉しくて。
そして肝心のお披露目は、なまえちゃんの部活が終わってから彼女の家で、ということになった。
なまえちゃんの両親は今海外で仕事をしているので実質一人暮らしなのだ。でも俺の家とお隣さんで、よくお互いの家に行き来してきた。女の子一人しかいない家に男の俺が……って今になって緊張するけど、俺ん家には爺ちゃんと兄貴がいるし、しょうがない。何より俺以外の野郎がなまえちゃんのメイド姿を見るなんて許せない!






……と、言うわけで、待ちに待ったこの時間、俺はなまえちゃんの部屋で、どきどきと興奮を抑えながら彼女が着替えるのを待っていた。なんだかんだ言ってなまえちゃん自身の部屋に入ることは初めてだったのだ。いつもリビングで一緒に宿題したりお菓子を食べたりしていたので、純粋に目のやり場に困る。白を基調にしたシンプルな部屋だけど、黄色い花がたくさん入ったハーバリウムだったり、化粧品だと思われるものが幾つか入ったプラスチックのケースとか、可愛らしいデザインの髪留めやシュシュが置いてあって、これぞリアルな女の子の部屋って感じがする。

「……善逸くん、たぶん着れた、と思う」

こんこん、と部屋をノックされる音の後、そんななまえちゃんの声が聞こえた。ドギマギしながらも俺が「入りなよ」と扉の向こうの彼女に声をかけたが、なまえちゃんは 思ったより裾が短くて、とか、サイズあってないかも、とか、何やらぶつぶつ言っている。きっと恥ずかしいんだろうな。

「だーいじょうぶだって! ほら、入ってきなよ!」
「……、」

暫く沈黙してからキィ、とゆっくり扉が開いた。隙間からでも見える黒と白のフリルに、俺はごく、と唾を飲む。そして扉を開けたなまえちゃんは、決して俺と目を合わせなかった。なるほど、確かに裾が……結構、いやすごく短い。多分屈んだら下着が見える、と思う。
そしてそのメイド服は腰のところがきゅっと締められるデザインになっていて、なんというか、胸がかなり強調されている。
多分本物のメイド服はこんな男の願望を無理矢理に全て詰め込んだようなデザインではないだろう。おそらくクラスの男子が下心丸出しで発注したに違いない。確かにこんな服なら冨岡先生が反対するのにも納得がいく。というかしない方がおかしい。

「も、もうぬいでもいい……?」
「エッ!? なんで!? すごい似合ってるよ! かわいいよ!」

でも結果的によかった。こんな服装でなまえちゃんがいろんな人に接客するとか俺発狂しそうだもん。不安で文化祭回れる気しないし。ずっとなまえちゃんのクラスの前から離れられないかも。

「……ちょっとお願いなんだけどさ、ちょっとポーズとってくれないかな? こんな感じで」

お手本を見せるように、俺は胸の前で、手でハートマークを作って見せた。

「えっ!? や、やだよ、恥ずかしいよそんな」
「おねがい!! 俺が楽しみにしてたの一番知ってるんでしょ?」

なまえちゃんはうっと口を噤んだ。恥ずかしそうにぷるぷると震えていたが、なまえちゃんはしぶしぶといった感じで胸の前で手をハートの形に曲げた。ちょっと歪だけど、そこがまたいい。

「そうそう! で、もっとちゃんと俺の目見て!」
「……」
「かわいいかわいい! 世界一かわいいよ!!」

気づけば俺はズボンのポケットに入れてあったスマートフォンのカメラアプリを起動していた。カシャカシャ……と連写のシャッター音が鳴った瞬間、なまえちゃんがぎょっと飛び上がった。

「えっ、えっ!? 写真とったの!?」
「可愛すぎてつい……」
「つい、じゃないよ! すぐに消して! 恥ずかしいよ!」
「やだよお」

俺のスマホに向かってくるその小さな手を俺はふらりと躱して、ちらりと撮った写真を確認する。ぎこちなくポーズをとっている真っ赤な顔がしっかりとブレずに写っていた。

「だ、だめだめ! ほんとに消して!! 誰かに見られたらどうするの!」
「見られないように超厳重に保管するから大丈夫!」
「善逸くんに見られるのだけでも嫌なの!」

俺はなまえちゃんに取られないようにスマートフォンを持った手を上に上げる。なまえも必死にそれに向かって手を伸ばすけど、身長のせいでとても届きそうにない。それなのに一生懸命につま先を伸ばしているのもかわいい。

「ほんっとに、もうやめ、てっ!」
「うわっ」

そう余裕ぶっていた罰なのか、思い切って大きくジャンプしてきたなまえちゃんがバランスを崩して倒れ込んできたとき、俺は受け止めきれずに後ろにあった彼女のベッドに押し倒されてしまった。その瞬間、ふわりと背後から来た良い香りが鼻をくすぐった。

「……さ、さくじょ、できた……!」

無事俺のスマホを手に取ったなまえちゃんは何度か画面をタップすると、ほっと息をついた。一方俺はと言うと。


「(や、やわらかい……)」

顔の上に柔らかいものが当たっている。そして中途半端になまえちゃんを受け止めようとしたせいで、俺の手が彼女の丸出しの太ももと細い腰にがっつりと触れてしまっている。

「あ、あの、なまえちゃん……」
「ひゃっ!?」

喋ったときの唇の動きが擽ったかったのか、なまえちゃんはびくっと驚いてスマホを操作にしていた手を止めた。そしてこの自分の胸が俺の顔に押し付けられていて、しかも丸出しの太ももに触れられているという状況に、みるみる彼女の恥じらいの音が大きくなっていく。なまえちゃんの顔、きっと真っ赤なんだろうな。俺もだけど。

「……、……」

はくはくと口をあんぐりとしたまま、なまえちゃんはゆっくりと体勢を直して俺と距離をとる。やっぱり顔は林檎のように赤く染まっている。俺も顔が熱くて仕方なくて、声も出せそうになかった。
そんなとき、黙ったままだったなまえちゃんが今にも消え入りそうな声でこう言った。

「……も、もう、おねがいだから、わすれてください……」

なまえちゃんは余程恥ずかしかったのか、半泣きな様子だった。申し訳ない、本当に申し訳ないんだけど、その顔さえも俺にとってはご褒美というか、“クる”というか。

無意識にそんななまえちゃんの顔をじっと見ていたら、急に真っ赤だった彼女の顔がふっと青くなった。

「……!? 善逸くん、大丈夫!?」
「へ?」

なまえちゃんはぎょっとした顔で傍にあった何かを手に取り、俺の顔に押し付けた。白いそれはみるみるうちに真っ赤に染まっていく。それがティッシュペーパーだったのだと気づくと同時に、もうひとつある事に気づかされてしまった。

「鼻血出てるよ! 早く止めないと!」
「いやああああ! ほんとだあああ」

あれよあれよと言う間にちぎって棒状に丸めたティッシュを鼻に詰め込まれて、結局その後鼻血が止まるまで世話をされてしまった。これが御奉仕ってやつ? でもこんな終わり方ってないよね。泣きたい。
メイド服も所々俺の血で汚れてしまって、もちろんゴミ箱行きだ。できることなら俺の箪笥の中に入れておきたかった。

そう思いを馳せながら、俺はなまえちゃんが消し忘れていた写真をスマホのホーム画面に設定し直したのだった。




2020.2.28