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興味なさげに羽ばたいた

「何言ってんだお前! そりゃあの子も怒るよ!!」

善逸の唾が俺に雨のように降りかかる。俺は未だに善逸がこんなにも怒鳴っている理由が分からなかった。臭いと言ったわけじゃないし。むしろ良い匂いだって言ったんだがら、乙未が怒る理由にはならないんじゃないのか。そう言ったら善逸はさらに目を大きく見開いて、俺の頭に思い切り拳を落とした。

「何するんだ!」
「女の子が自分の匂い嗅がれて嬉しいと思うわけないだろ!」
「でも良い匂いだった!」
「そういう問題じゃないんだってば!」

ああもうー! と善逸は地団駄を踏んだ。苛々しているような、呆れたような匂いがする。

「どうしたんですか? 何かありましたか?」

二人で騒いでいたら、どこからかしのぶさんがふらりと現れた。そのときのしのぶさんの匂いは少し怒気を含んでいて、善逸もそれを音で感じたのかひっと声をあげた。俺を差し置いて善逸が恐る恐るしのぶさんに事の経緯を説明する。うんうんと笑顔で頷いているしのぶさんは、善逸が話終わるとなるほど、と笑った。もう怒っていないらしい。

「炭治郎くん、たとえ良い香りがしたとしても、女性からすると自分の匂いを嗅がれるのは恥ずかしいんです」
「そうなんですか?」
「そうなんです」

そうなのか……と思わず悲しい声が出た。善逸が 「ほら言ったじゃん!」 と叫ぶ。でも、しのぶさんのおかげで乙未の行動の意味を知れたんだ。それなら後は、

「乙未のいる屋敷に行って謝りに行ってくるよ!」
「は?」

これしかない! そうと決まれば、さっそく鴉に案内してもらおう。

「しのぶさん、今日の夕方までには戻ります!」
「はい、いってらっしゃい」
「善逸、禰豆子は置いていくから、頼んだぞ!」
「は? えっ、嘘でしょ」

善逸は焦ったり嬉しそうに顔をでれでれさせたり忙しそうだった。
でもさすがにその様子を見て心配だった俺は、屋敷前の掃除を掃除をしていたアオイさんに善逸と禰豆子の様子を見守ってもらうようにお願いして、予定通り、乙未のいる甘露寺さんの屋敷に向かうことにした。

「乙未……いや、甘露寺さんの屋敷まで案内してくれ!」

俺の鴉は乗り気な様子でカアと一声鳴いた。

***





乙未の屋敷……つまり甘露寺さんの屋敷を訪ねて最初に思ったこと。大きい。そして色合いが桃色や黄緑色と明るい色が多い。なんというか、甘露寺さんらしい屋敷だ。

「乙未ー! いるかー?」

大きな門の前から呼んでみるが、彼女からの返事はない。おかしいなあ、確かに乙未のあのいい匂いの香水の香りがするのにな。でも甘露寺さんはいないみたいだ。柱の方だから、きっと忙しくてあちこちを行ったり来たりしてるのだろうか……って、今はそんな話をしてる場合じゃないんだった。
返事がなくて困って立ち尽くしていたとき、がらりと門の奥の扉が開いた。乙未だ。

「乙未!」

乙未は少し申し訳なさそうに手を後ろで組んだままもじもじと俯いている。……一向にこちらに近づいてくる気配はなかった。まだ匂いのことを気にしているのだろうか。本当に悪気はなかったんだけども、ここまで彼女を傷つけてしまうなんて思ってもみなかった。

「乙未! もっと近づいてくれ! できれば門を開けてほしい!」
「や、やだよ……」
「乙未の目を見て直接謝りたいんだ!」

そう言うと乙未はしぶしぶ、といった様子でこちらへと近づいてくれた。彼女の手には小さな鍵が握られていて、俺はちょっぴり嬉しくなった。門に掛かった南京錠を彼女が鍵を差し込んでくいっと捻ると、がちゃ、と鍵が開く音が聞こえた。俺がきいと門を押すと、そこは簡単に開いた。

「捕まえた!」
「ええっ!?」

俺は乙未の一瞬の隙を見て彼女の両手を掴んだ。ふわりとあの良い香りが広がる。乙未は逃げるように後退りしたが、いくら彼女が甘露寺さんみたいに身体の柔軟性に長けていても……って、いたた、意外と力が強い!

「た、炭治郎、は、な、し、て……!!」
「嫌だ! 離さない! また逃げるだろう!」
「逃げないから!」
「今逃げようとしてるじゃないか!」
「……!!」

はっと目を見開く乙未の顔はまさに図星といった表情で、観念したのか彼女はへにゃりと力を抜いた。良かった、もう少しで押し負けるところだった。少し息を整えると、俺は乙未が逃げないように、その手をぎゅっと握って言った。

「乙未! ごめん! 俺、同い年の女の子がどんな言葉で傷つくのか全然知らなくて、本当にすまなかった!」
「……私も、急に逃げたりして、ごめん……」


「でも乙未は決して臭くないし、むしろ良い匂いだから、自信を持ってくれ! もっと嗅ぎたいくらいだ! 俺は鼻が良いから、それは保証する!!」

その瞬間、抵抗する気のなかった乙未の手に再び力が込められたのに、俺が気づかないはずはなかった。俺はそのとき自分が言った台詞を思い出して、「しまった」 と思った。今度こそ彼女とのこの力比べに勝てる予感がしない。

「ごめん、本当にごめん! さっきのは俺が悪かったよ! お願いだから、もう逃げないでくれー!」
「さっき“も”でしょー!!」

結局、街でお菓子を買いに行っていた甘露寺さんが戻ってくるまで、俺たちのこの攻防は続いた。甘露寺さんが来ると、さっきまでの接戦が嘘なんじゃないかと言うくらいの物凄い力で腕を振りほどかれて逃げられてしまった。甘露寺さんはぴしゃんと閉まったその扉を見つめて 「あらあらぁ」 と甘い匂いを香らせた。






2019.11.10

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