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諦めたように飛び立った

それからも俺と乙未は大福を食べながらたくさん話をした。俺たち鬼殺隊は鬼を倒すために日本中いろんなところへ出向くから、あの地方は果物が絶品だったとか、またある地方は方言がきつすぎて最初外国に来たのかと思って混乱した、だとか。
そんなとき、不意に乙未が言った。

「炭治郎は鬼になった妹さんを治すために鬼殺隊に入ったのよね?」
「えっ!? なんで知ってるんだ?」
「師範から聞いたの。最初名前までは分からなかったんだけど、額に傷があるって言ってたから、すぐに『炭治郎だ!』って」

驚く俺の様子が面白かったのか、口を手で隠してくすくすと乙未は笑う。その様子に思わず俺も口角が上がった。
初めて会ったときや今日再会して会話を交わしたときは、大人しい子だという印象だった。こんなに笑ってくれる子だったなんて。乙未は香水を付けているせいで感情が分かりずらかったけど、こんなにも表情豊かなら、俺の鼻が効かなくてもなんら問題はない。

「最初鬼と聞いて抵抗は無かったのか?」
「正直、あんまりなかったよ。どうして?」
「柱の人たちはみんな良い顔してくれなかったからさ。甘露寺さんはまだ俺を庇ってくれたけど」

そう言うと乙未は気まずそうにうーん、と口を噤んだ。今乙未は何を考えてるんだろう。やっぱり分からない。匂いが香水でかき消されているから当たり前だけど。
そのせいかつい彼女の目をじっと見入ってしまって、それに気づいた乙未は恥ずかしそうに頬を桃色に染めると、ふい、と目をそらしてしまった。怒らせてしまったかな。そう思い俺が謝ろうとしたとき、乙未は恐る恐るこちらへ向き直り、先程噤んでしまった口を遠慮気味に開いた。

「……しょうがないよ。鬼殺隊にいるのは、鬼に大切な人を奪われた人ばかりだもの」
「……乙未は違うのか?」
「違うよ。私は鬼狩りの家系だから鬼殺隊になったの。煉獄様みたいに」

どこかぶっきらぼうにそう答えた乙未の面持ちは、ひどく暗いように感じた。彼女が何を考えているかは分からないけど、今のやりとりで俺達の間の空気が明らかに重くなったのは事実だった。何か事情があるのだろうか。聞いてみようとしたけど、乙未はなんでもないの一点張りで、教えてくれる気配すらなかった。

「(……まあ、ほぼ初対面だし、しょうがないよな。いつか時期が来たら打ち明けてくれるかもしれないし)」
「あっ、そういえば!」
「?」
「わたし、禰豆子ちゃんに会ってみたいの! 師範が可愛い子だったっておっしゃってたから!」

先程とは打って変わって、乙未は瞳をきらきらと輝かせて俺の方を見た。それは丁度昨日見えた星空に似ていて、とても綺麗だった。
もちろん俺は乙未にそう言って貰えたのが嬉しくって、すぐに禰豆子のいる部屋へ案内した。縁側は陽の光が当たって危ないから。禰豆子、と箱の外から名前を呼んでやると、禰豆子は眠そうな声を出して、箱の中から出てきた。

「この子が俺の妹の禰豆子だ」
「……!」
「乙未?」
「すっごく可愛い! お人形さんみたい!」
「へへ、そうだろう! 禰豆子は俺の自慢の妹なんだ」

禰豆子は眠そうな顔で乙未を見やる。すると禰豆子は、体を小さくしたまま、服を引き摺って乙未へと近づいた。それに気づいた乙未が禰豆子に合わせて身を屈ませると、禰豆子は彼女の胸に顔を埋めるように抱きついた。

「あっ、禰豆子!」
「いいのいいの、私は禰豆子ちゃんのこと怖くないし! むしろ初対面だけど、もう好きよ! でも……」

「初めてなのにどうしてこんなに懐いてくれるのかな」 と乙未は不思議そうに言う。確かに禰豆子は、初対面の人への態度とは思えないほど乙未に懐いているように見える。
……そうだ、もしかして。

「匂いじゃないか?」
「えっ?」
「乙未の匂いを、禰豆子が気に入ったんじゃないかな。ほら、すごく良い香りだし、そのこうす……」

その途端、乙未は青ざめて急に時間が止まったかのように硬直した。俺はびっくりして思わず言葉を止めて「どうした?」 と声を掛けた。禰豆子は彼女の体に埋めていた顔を上げて、どこか心配そうに乙未の顔を眺めている。

「……、」
「乙未、どうしたんだ? 大丈夫か?」

しばらくすると色を失っていた乙未の顔色は、徐々に紅を差したように血色の良い色に染まっていき、最期には林檎みたく真っ赤になっていた。乙未はそれを隠すように顔を伏せて、今にも消えてしまいそうな小さな声で言った。

「……た、炭治郎、私もう帰るね」
「えっ?」
「禰豆子ちゃんはとっても美人だった! ありがとう! さよなら!!」

頭を撫でようとした禰豆子の手をやんわりと避けるように乙未は立ち上がると、脱兎のごとく屋敷の玄関の方へ駆けて行ってしまった。
俺は慌てて追い掛ける。でも素早さでは彼女の方が勝(まさ)っていて、俺が玄関に着いたときには乙未の姿はもう胡麻粒のように小さくなっていた。
その代わりに、帰り道の途中でだったらしい善逸と伊之助が玄関のすぐ前に立っていた。善逸の方は、呆れたような顔をして俺を見た。

「……炭治郎、一体あの子に何したんだよ……。音凄かったんだけど……」
「おい、あの女は誰なんだ健太郎! 俺が捕まえようとしたらあいつ蛸みたいにぬるっとすり抜けやがった!!」
「何してんだよお前は!」


言い争いを始める善逸と伊之助の傍らで、玄関には乙未の檸檬の香水の残り香が微かに残っている。
やっぱり何か怒らせてしまったのだろうか。でも理由がわからない。俺は今まで自分の嗅覚に頼りすぎていたんだなあと、この日初めて自分の鼻を憎く思った。




2019.8.15


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