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鴉が俺を睨んでいる

なんでもないある日のことだった。善逸と伊之助、そしてカナヲがそれぞれ長期の単独任務に行ってしまったから、この前の任務で怪我をした俺は一人で蝶屋敷で過ごしていた。
そんなとき、丁度八つ時にごめんください、と玄関の方から聞き覚えのある声がして。アオイさんとカナヲは二人で薬草を買いに行っているし、すみちゃん達は今患者さんたちの世話で忙しい。しのぶさんは今鬼に襲われて壊滅状態だった村に治療をしに行っている。だから俺は迷う間もなく、玄関へと急いだ。

「……炭治郎!?」
「久しぶり、乙未」

玄関の先にいた女の子は、やっぱり俺の予想通りだった。恵花乙未。最終選別のときに知り合った子だ。彼女が鬼に襲われていたのを、危機一髪のところで俺が助けた。あのときはそこら中に散らばっていた鬼や血の匂いで分からなかったけど、今の乙未からは檸檬のような爽やかな匂いがする。浅草に行った時も同じような匂いをさせたわかい女の人とすれ違ったことを思い出した。香水だろうか。あと、それとは別に砂糖のような甘い匂いもする。ここに来る前に何かお菓子の類を食べたのだろう。
乙未は突然出てきた俺に目を丸くすると、久しぶり、と少し恥ずかしそうに小さな声で言った。

「胡蝶様に用があって」
「しのぶさんは今鬼に襲われた人の治療をしに行ってていないんだ」
「え? そうなの?」

乙未は困った様子で眉をひそめる。彼女の手には大きい紙袋が大事そうに抱えられていて、そこからは彼女と同じ砂糖と小豆の甘い匂いがした。

「何か渡すつもりだったのか?」
「うん。師範から胡蝶様に。大福をおすそ分けしに行きなさいって」
「師範?」

うん、となんでもないように頷く乙未。その拍子に揺れた綺麗な彼女の髪からは、微かに桜の匂いがした。これは、もしかして。

「甘露寺さんの継子になったのか!?」
「そ、そうだけど……」
「すごいじゃないか! 全然知らなかった!」

俺の大きな声に驚いたのか、乙未は大きく目を見開いて、びくりと身体を震わせる。すると彼女から檸檬の匂いがふわりと広がる。注意深くその香りを嗅ぐと、その清涼な香気の奥の方で、恥ずかしそうな、嬉しそうな、そんな匂いを微かに感じた。

「選別の後に少し炎の呼吸が合ってないんじゃないかって思う時期があったの。そんなとき師範とたまたま知り合って……そしたらあの人の方から私を継子に、とお誘いしてくださって」

乙未は甚く嬉しそうに当時のことを話してくれた。甘露寺さんはとても気さくな人で、隠たちからも一番好かれているらしい。初めは緊張していた乙未にも、自分おすすめの店の桜餅をご馳走してくれたそうだ。甘露寺さんのことを話している乙未からは甘露寺さんを親のように尊敬している匂いがする。その香りは彼女の香水よりも強い匂いだったから。彼女の瞳はきらきらと燃えるように輝いていた。

「あのとき炭治郎が助けてくれなかったら、私は鬼殺隊にすら入れなかった。だからずっとちゃんとお礼を言いたくて……その、」

ありがとう、と恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐ俺の目を見て乙未は言う。そんな彼女に俺は精一杯の笑顔で頷いた。

「そうだ、この大福、炭治郎にあげる」
「えっ、それはしのぶさんにあげるんじゃ……」
「作りたてが一番美味しいの。胡蝶様にはまた別の機会に持っていくわ。師範ならきっと許してくださるから」

乙未はほら、と半ば無理矢理に俺の胸に紙袋を押し付けた。こういうところは甘露寺さんに似ている。

「じゃあ、乙未も一緒に食べよう!」
「えっ?」
「おやつは一人で食べるより、二人で食べた方が絶対美味しいよ!」

乙未の返事を聞くより先に、俺は彼女の手首を掴んで縁側の方へと走った。一緒に大福を食べたいというのもあったけど、俺は素直に乙未ともっと話がしたかった。善逸や伊之助はもう暫く会っていないし、玄弥に至ってはたまにあっても会話すらしてくれない。つまりは、カナヲ以外の同期とはもうほとんど会っていなかったのだ。
縁側に向かうと、目の前の庭から爽やかな風が吹いてくる。ぽかぽか暖かい陽の光に照らされて、植えられた木や花が嬉しそうに上を向いていた。

「……!」
「綺麗だろ?」

こくりと乙未は頷く。喜んでもらえたみたいだ。

「ほら、どうぞ!」
「……ありがとう」

紙袋の中には木でできた箱が入っていた。箱を開けると、ふわりと甘い匂いが香ってくる。箱を乙未に差し出すと、彼女は大福を一つ摘むように手に取る。そして、まわりに付いている打ち粉が零れぬように、恐る恐る一口それを齧った。それに続いて俺もその大福を食べる。

「……美味しい!」

その台詞が被ったのは、ほぼ同時だった。俺と乙未は顔を見合わせると、可笑しそうに二人で笑った。





2019.8.15


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