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覆水盆に返れず


「この技で、いつかあんたと肩を並べて戦いたかった」

自分だけの型で斬った仇の首が視界の隅で崩れながら落ちていく。ああ、叶わない願いというのは、こんなにも虚しかったのだろうか。
ぴきぴきと自分の頬がひび割れる音と共に激痛が走る。なまえちゃんも、こいつにこの攻撃を受けたんだよな。痛かっただろう、苦しかっただろう。何も出来なくて、ごめんよ。君が苦しんでいる間俺は修行に文句を垂れていたなんて。俺は獪岳の言う通り、何も出来ない屑だ。

「(爺ちゃん、なまえちゃん……)」



***



――――ごめん、ごめんね。獪岳と仲良くなれなかった。爺ちゃんが何回も何回も言ってくれたのに。

ごめん、ごめんね。君を守るって約束、守れなかった。鬼狩りさまなんて大層な名前、俺にはとても似合わない。結局俺は、大切な人の願いや約束ひとつ叶えられない。そしてここでぐずくず泣いてしまう自分も大嫌いだ。今だって、こんな訳のわからないところにいるのに崩れ落ちてすすり泣いている。情けなくて弱いやつだ。どうして、どうしてこんなことになったんだろう。俺がいなかったら獪岳は鬼にならなかった? 二人はずっと元気に生きられた? 悪い想像だけが頭の中に浮かんでは消えていく。結局はもうどうしようもないのに。もういっそ。


「駄目だよ」

立ち上がろうとしたそのとき。隣から聞こえたその懐かしい声にはっとした。これは、これは。間違いなくなまえちゃんの声だ。最後に聞いたのはいつだっただろう。あの優しくて心地良い声。

「なまえ、ちゃん」

顔を上げると、なまえちゃんはいつものように優しく微笑んでいた。頭にいつかの花冠を付けて。でも何故か、音がしない。いつものあの優しくて柔らかい音。そういえば、声を掛けられた直前まで俺はこの子の足音はおろかこの子の鼓動にすらも気が付かなかった。

「ほら、こっち。早く行こう、桑島さんが、待ってる」

桑島は爺ちゃんの本名。俺が何か問う間もなく、なまえちゃんは俺の手を引いた。少し冷静になって思ったが、本当にここはどこだろう。夢の中だろうか。周りに白詰草がたくさん咲いてる。……ああ、なまえちゃんと初めて会った日、花冠を作ってあげたなあ。今なまえちゃんが頭に着けてるのは、そのときの花冠? すごく似合ってる。そう言ったら、なまえちゃんはわざわざ振り返って、ありがとう、と柔らかな口調で言った。

なまえちゃんは俺の知らない道をさくさくと進んでいく。やがて小さな川と橋が見えて、その向こうには沢山の彼岸花が咲いていた。それはなまえちゃんの無地の着物と相まって、まるで彼女が彼岸花の模様の着物を着ているみたいだった。俺がその光景に目を奪われていると、なまえちゃんはゆっくりとこちらに振り返った。

「善逸くん」
「え?」

次の瞬間、ほろりとなまえちゃんの目尻から雫が零れた。雫は次から次へと彼女の頬を滑り落ちていく。

「ありがとうね」
「……、」

ありがとうってなんだ。俺はなまえちゃんを守れなかったじゃないか!

本当は、これを口に出したくて堪らなかった。でもなまえちゃんは俺にこの台詞を吐いてほしくないというのが嫌でもわかった。これは音で分かったとかじゃなくて、今まで彼女と暮らしてきて、文通をしてきた上で分かったこと。歯をかみ締めて、俺は手のひらで顔を覆って嗚咽を漏らしているなまえちゃんを、できる限り優しく、抱きしめた。でもじわりと着物に染みていく彼女の涙の冷たさに、夢のはずなのに変な現実味を感じてしまって、いたたまれなくなった俺はゆっくりと彼女の肩に乗せていた顎を上げた。彼女はもう泣いてはいなかった。

「連れてくるから、待っててね」

俺の言葉を待たず、彼女は涙の跡を拭いて橋を渡り出す。追いかけようとしたら、彼女が渡ったところからほろほろと橋が崩れていった。俺はこれが完全に崩れ切ってしまったらもう彼女に会えないと思って、一生懸命に腕を伸ばしたけれど、それが彼女に届くことはなくて。川を泳いだら、と思ったとき、いつの間にか彼岸花が足元まで侵食していて、俺の足に絡みついていた。ひどい。酷いよ。夢の中でくらい、俺と一緒にいてよ。

何も言えずそのま立ちすくんでいると、やがて遠くから、二人分の足音が聞こえてきた。ひとつはなまえちゃんと。もうひとつは。

「……爺ちゃん……!!」

爺ちゃん、爺ちゃんだ。なまえちゃんに介抱されながらよたよたと歩いてきたその人影は、間違いなく。

「ごめ、ごめん俺、獪岳と、仲良くできなかった! 俺がいなかったら獪岳は鬼にならなかったかもしれない! 爺ちゃんもなまえちゃんも……」
「善逸」
「爺ちゃん、」



「お前は儂の誇りじゃ」


その瞬間、急に意識が朦朧としてきて、だんだんと眠くなってきた。まだ、まだもう少し。そんな気持ちを無視しても瞼は降りようとするのをやめない。夢の中でくらい、俺の好きにさせてよ。まだ話したいことがたくさんあるんだよ。


薄れゆく意識の中、川の向こうでなまえちゃんが爺ちゃんに頭を撫でられているのが見えた。




2019.7.28