×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

天邪鬼な背中


「では師匠、行ってまいります」
「必ず生きて帰ってくるんじゃぞ!」


いつもとは少し違った少し早い朝。ほんのちょっぴり震えた声で、桑島と善逸は獪岳を見送った。雲ひとつない青空の下。今日は、彼が鬼殺隊の最終選別へ出発する日なのだ。選別に参観した殆どの人間がこれから一週間の間に命を落とす。昨日の夜食べた御馳走が最後の晩餐のなり得ることは、とても珍しいことではない。そのため昨日の晩飯はなまえが腕によりをかけて作ったため、これでもかというほど豪華だった。


「(なまえちゃん、来ないなあ……一緒に見送りたいって言ってたのに)」



……いやいやいや、兄弟子が今から選別に行くのに何考えてるんだ俺!

とすぐに善逸は首を振った。しかし彼ももちろん頑張れ! と少しでも獪岳を勇気づけられるように精一杯の声援をしたつもりだった。が、獪岳は彼のことをあまりよく思っていないせいかそれに返事をすることは無く、振り向くこともせずただ道を進んで行くだけで。一度くらい怖いと弱音を見せてくれたっていいのに。これじゃ俺が根っからの情けなくてカスに等しいくらいの人間みたいじゃないか(事実ではないとも言えないが)。

結局最後まで冷たくされるのかと善逸が項垂れていたとき、彼の背後から走ってくる音が聞こえた。
その足音の主は紛れもなくなまえだった。彼女は善逸の一歩前に踏み込んで、大きく息を吸った。


「獪岳さんー!! ぜったい生きて戻ってきてください! おいしいご飯用意して、待ってますからー!!」



今まで聞いたことがないんじゃないかというくらいの声量だった。しかしそれでも獪岳は進む足を止めず、彼女はあっという間に顔をしゅんとさせて、善逸と同様に寂しそうに眉を落とした。
しかし善逸の方はそんなことからはとうに立ち直っていた。


「(なんだよ獪岳のやつ……悪い気はしてないくせに……!)」

「……善逸?」
「あっなんでもないよ!!」


彼女に素っ気なく当たる獪岳に苛立ちを覚えた。蒸し暑いようなその感情に、ちくちくと心臓を刺されているようだった。もちろん彼に生きて帰ってきて欲しいと思っているのは本当だ。でも善逸はどうしても彼の強気で冷たくて、そのくせどこか粘着質なその性格が苦手だった。頑張って良いところを見つけようと努力してはみたが、それでもなお彼のことを好きにはなれない。もちろんこれからも努力はするし、いずれは彼とも肩を並べて戦いたいと願っているが。


「(俺も最終戦別に行くことになったら、なまえちゃんと爺ちゃんにこんなふうに応援してもらえるのかな)」





***


「(『俺も最終戦別に行くことになったら、なまえちゃんと爺ちゃんにこんなふうに応援してもらえるのかな』? いやいやそんなどころじゃねえよこっちは)」


それからまた時は過ぎて、遂に善逸が最終戦別に参加する日がやって来た。
膝は恐怖でかたかたと笑っているし、冷や汗だって止まらない。平気そうな顔をして藤襲山へ向かった自分の兄弟子は化け物か何かだと思った。

「ぜ、善逸くん、落ち着いて」
「落ち着けるわけないよもう死ぬこれは死ぬ」


呼吸の荒い善逸の背中を撫でる暖かい手と優しい声も善逸を勇気づけるには力不足で、なまえは困り果てた。どうせなら……というか、絶対に彼には自信を持ったまま選別に行って欲しかったのだ。病は気から、とも言うし、ここぞというときには必ず自分は出来るんだという強い気持ちが必要だと思うからだ。

「善逸!! 最後までなまえを困らせおって!!」
「うわああん最後って言った最後って言った!」
「お前が選別から帰ったらすぐにここを旅立つだろうからそう言ったんじゃ! 死ぬから最後という意味ではない」
「なにそれもうそれ生きても死んでも地獄だよ!」



その瞬間、ぱん、と乾いた音が山まで響いた。
泣きじゃくる善逸を桑島が一発平手打ちしたのだ。その音はやまびこになってこちらへ帰ってくるくらい強烈だった。

「く、桑島さん、」
「お前は死なん! さっさと行って戻ってくるんじゃ!」
「無理だよおお」
「まだ言うか!」
「いっ、痛いってちょっ、叩くのやめて!」


平手打ちをやめない桑島のせいで、善逸の頬はみるみる赤く腫れてゆく。その様を見ていられなくなったなまえは、とうとう桑島の手を止めた。

「も、もうやめておきましょう、ね? ……善逸くん、貴方ならやれるって私信じてるから」
「本当に悪いけど、そんなに期待されても応えられないよ……」
「お前は何回言ったら分かるんじゃ!」
「だって……!」



「……わたしの鬼狩りさまに、なってくれるんでしょう?」



彼女から聞こえた音は、咲かずに萎んだつぼみのように悲しい音だった。

なまえの言葉に、善逸ははっとした。そうだ、なまえちゃんと初めて会ったとき、そう約束したんだ。どうして今まで忘れていたんだろう。


「……行ってらっしゃい」
「う、うん……いってきます」


善逸の黙り込む姿をなまえはやっと行く気になってくれたのだと判断し、彼女は笑顔で善逸を見送った。その優しい笑みに善逸はまた駄々をこねようと言う気にはとてもなれなくて、彼女との約束のため、一歩、また一歩と踏み出した。

さっきまで平手打ちされていた頬がじんじんと痛む。振り返ると、なまえと桑島は変わらず手を振り続けている。眩しいくらいの笑顔だ。桑島だけは心配そうに顔を引き攣らせているが。


「(帰ってこれたら、またこの笑顔を見られるんだよね。……爺ちゃんは笑顔じゃないけど)」



帰ってきたら二人は、泣いて喜んでくれるんだろうな、と思った。自分の厳しい師匠が泣いている光景なんて普通なら浮かばないけれど、それを容易に想像できた自分が居て、善逸は少しだけ歩く速度を速めたのだった。




2019.5.4