×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

椿油の香り


なまえの励ましと師匠の一括により、善逸は(渋々)鬼狩りとして旅に出た。そして炭治郎、伊之助という同期の隊士とともに初めての任務をこなした。まさか仲間に殴られ蹴られるなんて思ってもみなかったことだったが。

肋骨も折れたが、それでも鬼殺隊の中では軽い怪我の部類に入るそうで、善逸は馬鹿じゃねえの! と独りで絶叫していた。

「(やっぱり俺、なまえちゃんがいないと何にもできないや)」

彼女の言葉に一体何度励まされただろうか。自分で鬼を倒したとは毛頭思っていない善逸は、何も出来ない自分を責めた。そんな中、怪我のせいで藤の家で療養しているところに、一通の手紙が届いた。それは紛れもなく、なまえからのものだった。


“拝啓 我妻善逸様
――鬼狩りさまとして貴方が旅へ出て、少し経ちます。お元気ですか? 私は元気です。でも貴方のお茶碗がずっと食器棚に仕舞われているのを見ると、少し寂しくなります。いえ、見ていなくても寂しいです。貴方が旅立つとき、桑島さんはああ言っていましたが、実際はいつ訃報が来るのかと心配でそわそわしています。どうか、死なないでください。獪岳さんは柱という地位に随分こだわっておられましたが、私と桑島さんは貴方にも彼にも、無理はして欲しくないのです。そういえば、だいぶ前に貴方から頂いた椿油も、もうすぐ無くなりそうです。私の手も随分綺麗になりました。時間があるのなら、善逸くんの近況も教えてくれたらうれしいです。 ――敬具”


少し丸みを帯びた字は、所々墨が擦れている。遠慮気味に付け加えられた最後の一文に、今にも泣きそうになった。

「(俺も元気にしてるよ。……一応。肋骨折ったけど)」

善逸は早速返事を書こうと、懐からあの便箋を取り出した。墨を磨っていざ紙に文字を書こうとしたそのとき、とんとんと軽く叩いてから、部屋の襖を誰かが開ける音がした。

「善逸! ひささんが夜食のおにぎり作ってくれたみたいだから、一緒に食べないか?」

襖を開けたのは炭治郎だった。彼は善逸の同期の隊士で、善逸とは対称的に常人なら焦って混乱してしまいそうな状況でも冷静に打開策を考えるような、言わば勇敢な少年である。同時に美人の妹、禰豆子を持ち、彼女を人間に戻すために鬼狩りをしていた。

「手紙を書いてるのか?」
「うん、なまえちゃんって子。一緒に住んでたんだ」
「道端の子には求婚するのにその子には求婚しなかったのか」
「ばっ、何言ってんだよ!! あの子にそんなかっこ悪いとこ見せられないよ」
「自覚はしてたんだな」

急な炭治郎の棘のある言葉に驚いて、少し字が歪んでしまった。善逸が炭治郎を睨みつけると、当の彼はごめんごめんと苦笑いをしている。すると不意に突然炭治郎は、

「椿油の香りがする!」

と言って、すんと鼻を鳴らした。心当たりが有りすぎた善逸は 「何言ってんだ!」 と炭治郎と肩の辺りを引っぱたいた。

「急に何するんだ!」
「お前が悪いんだよ!」
「善逸の匂い、なんかすごいぞ。すごくあま」
「ええい、言うな言うな!」

炭治郎のせいで変な想像ばかりしてしまう。椿油をあの白い手に塗る度に俺のことを思い出してくれてるのかな、とか、手紙を書くときどんな気持ちで書いてくれたんだろう、とか。善逸は意外にも純情であった。炭治郎は善逸にぽかぽかと殴られながら 「結局夜食はいるのか?」 と聞いた。善逸は 「持ってきて!」 と半ば自棄糞になって答えた。
炭治郎はまだ頬の熱が治まっていない善逸を見やって少し笑うと、分かったよ、と夜食を取りに居間へと歩いていった。その間に善逸は手紙を書きあげると、チュン太郎にその手紙を括り付けると、チュン太郎は一度鳴いて、悠々と空へと羽ばたいて行った。やはり師匠の読みは当たっていたらしい。普通の紙だったら、雀には重すぎて運べなかっただろう。紙が重いってどんな感覚なんだろう、と善逸は思う。

「おい! なんで俺の分を盗るんだ! 」
「これは善逸の分だ。伊之助はさっき俺の分も食べただろう」

廊下から二人の言い合う声が聞こえる。猪まで着いてきた……、と善逸は大きく溜息をついて、しぶしぶ自分から部屋の襖を開けた。

「炭治郎、ありがと……」
「善逸! もう手紙は書けたのか?」
「うん」
「おい泣き虫! お前の分も俺に寄越せ!」
「やだよお前なんかに! それなら炭治郎か禰豆子ちゃんにあげるよ!」

善逸は炭治郎の持つ盆の上の握り飯を素早く手に取ると、伊之助に横取りされないよう自分の背後にそれを隠した。なんだか一気に現実に戻された気がする。伊之助が飛びかかってくるまでの一瞬の間、善逸の目には己の雀が飛び立った夜空の星が映っていた。




“なまえちゃんへ
お手紙ありがとう。俺は元気です。俺も寂しいです。早く帰りたいです。なまえちゃんの卵焼きが食べたいです。次に帰ってくるときは、椿油も買って帰ります。――できそうなら、獪岳も一緒に。爺ちゃんが俺を心配してるなんて全然想像できないけど、死なないように、頑張ります。出世なんて夢のまた夢だけど、とにかく死なないように頑張ります。――我妻善逸より”



2019.7.7