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深夜徘徊


自分の荒い呼吸の音で、もはや木が風に揺れる音さえ聞こえやしなかった。そういえば自分の髪の色が変わった日も、こんな雷鳴が轟くような曇りきった空だったな、と善逸は思った。


「(どうしよう、どうしよう。爺ちゃんに叱られる。自分から逃げたくせに怖くなっちゃうなんて)」



こんなときは無意識に優しさへ縋りたくなる。どれだけ情けない姿を見せても自分を受け入れてくれた彼女のことを。でもどんなに彼女が自分を迎えに来てくくればと願っていても、その彼女の体質から、桑島は絶対にそんなことはさせないだろう。

「(だってなまえちゃんは……『稀血』だから)」








ゆっくりを息を整えると、脳はみるみる冷静になっていく。家へ戻った方がいい。もう日が沈む。鬼が出るかもしれない。いやそんなこと想像もしたくないけども!

これはどう事が転んでも命の危機かもしれない。爺ちゃんに殺されるか、鬼に殺されるか。どちらも苦しまないように殺してはくれなさそうだ。恐怖で涙が溢れてくる。

そんなとき、近くから誰かの足音が聞こえた。雨の音のせいで気づくのが遅れてしまったみたいだ。


「(ど、ど、どうしよう、もしかして鬼? ――)」

慌てて茂みの中に隠れるが、もう音が近すぎて既に見つかっていることは確実だ。どくん、どくんと心音が体中に響く。死ぬ覚悟を決めてぎゅっと瞼を閉じたとき、自分のいる茂みが掻き分けられた。冷たい風と雨が皮膚を刺激する。



「あ、いた」



その声に善逸はふっと目を開き、声の方へと振り返った。茂みを掻き分けたのはなまえだったのだ。彼女は山を歩き回ったせいか、頭に葉を乗せて、着物も雨で濡らしていた。
こてん、と地面に尻餅を着いた。すっかり拍子抜けしてしまった善逸は、震える喉に無理矢理力を込めて、力一杯の声量で言った。


「な、ななななんでここに! 」

「桑島さんに内緒で探しに来ちゃった」


舌の先をぺろりと出して少し恥ずかしそうにするなまえ。でもその態度とは裏腹に、彼女がやらかしたことはもう自殺行為に等しくて。善逸は自分のことかのように顔色を真っ青にすると、必死の形相でなまえの肩を掴んで揺さぶった。


「だ、駄目だよこんなことしちゃ! もし今鬼が襲ってきても、俺、なまえちゃんのこと、助けられないんだよ!? そんな、俺……」
「うわわ、あんまり揺らさないでよ」


まるで大したことがないとでも言うようになまえはへらりもしていて、さらには何も知らない子供のように首を傾げた。そんな彼女とは裏腹に善逸はというと冷や汗が止まらなかった。


「だから大丈夫だって。ほら、早くもど……わっ!?」



善逸はぐい、となまえを抱き上げると、一目散に自分達の家へと走り出した。なまえは何が起こったのか分からなかった。いや、自分が今善逸に抱きかかえられているというのは分かるのだが、なぜ善逸がこんなにも焦っているのかが分からなかった。

「ぜ、善逸くん?」
「ちょっと今は話しかけないで! つ、疲れるから……!」


善逸はずり下がってきたなまえの体をもう一度抱き直す。思ったより軽くて柔らかい。でも照れている暇は善逸にはなく、ただただ全速力で山を抜けた。

電気のついた自分の家が見えてくる。善逸は壊れる勢いで玄関の扉を開け、酷使した肺へ空気を取り込んだ。


「爺ちゃん!! なまえちゃんを外に出すなんてなんてこと考えてるんだよ!!! 鬼に襲われたら……」

「やっと帰ってきたか」
「は?」


善逸は一瞬思考が停止する。別にさほど焦っている様子もなく、玄関を開けたすぐに立っていた善逸の育手である桑島慈悟朗は、そうあっけらかんと言い放った。


「ど、どういう……」
「なまえにお前を探しに行かせればきっとすぐ帰ってくるだろうと思ってな」


はっとした善逸はようやく抱き上げていたなまえを降ろす。なまえの方も状況があまり把握出来ていないらしく、「え? 私桑島さんには外に出るなって言われてたのに……」 と同じように首を傾げ、善逸と顔を見合わせた。すると桑島は呆れたようにやれやれと首を振った。

「善逸、お前なら音で嘘なんてすぐ分かるだろう。わざと玄関を開けっ放しにしたに決まってるじゃろうが」

「そ、そういう……」

「今日はこの山に柱の一人が見回りに来ていたはずじゃ。夜でも安心できる。それに、善逸がなまえを見殺しになんてせんじゃろう」


それはそうだけど、それとこれとは話が違うでしょ! と善逸は叫んでやりたかった。しかしこれは完全に自分が招いてしまったことであるしと、ただぷるぷると今にも出そうな声を抑えた。恐る恐る自分の師匠の方を見やると、ハマったなと言わんばかりに今にも笑みが滲みそうなくらいの声色で桑島は言った。


「さて善逸。修行の続きをするとするか」




雨の中、善逸の叫びが響き渡る。なまえは涙と雨でびしょびしょに濡れた彼に向かって、「お風呂準備しておくからね」 と苦笑いでその場を後にした。結局風呂の準備が終わっても善逸の叫び声が止むことは無かったとかなんとか。