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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

霜焼け


その後言葉通り善逸は今までなまえが任されていた洗い物を丸々肩代わりし、そしてそれが終わったのを察知した桑島に再び山へと引きずられて行った。その時々で感情の起伏が激しいのが、彼の面白いところだとなまえは思う。

現在、時刻はちょうど八つ時。彼から貰った椿油を塗って最初はぬるついていた手が、数時間経った今ではすべすべと自分でも何回も触ってしまうようなほど触り心地の良い手へと変化している。それに加え良い香りがして、これは相当高価だったろうと、善逸に申し訳ない気持ちになった。

この家にいても、時折善逸の声は聞こえてくる。それを聞くたびになまえは微笑ましくて自然と口角が上がってしまう。やまびこのように音を反射させて聞こえてくるので、何を言っているのかは分からないことが殆どだ。だがその理由はもうひとつある。

「ィギャアアアァ……!!」

「あ、まただ」


それは聞こえてくる声の大半が絶叫であることだ。






―――――



もうそろそろ日が沈むというころ、いつものように善逸含む三人は山から家へ帰ってきた。善逸と獪岳は顔と服が砂や泥で汚れていて、土間で二人が服をはたくと、その度に砂埃が舞った。善逸に至ってはゼイゼイと荒い息遣いである。こちらまで聞こえるほどの絶叫を繰り返せば、当然のことだった。


「おかえり! 獪岳さん、善逸くん」
「ただいま、なまえちゃ……」
「ほらよ」


善逸の声を遮ったのは獪岳だった。彼は自分の汚れた羽織をなまえに投げ渡す。驚いたなまえが羽織を受け止めると、それはやはり砂埃が周りへ舞って、けほ、と咳き込んでしまった。

「か、獪岳……!」
「なんだよ。こいつは家事しか出来ないんだから、別に何も変なことはやってないだろ」
「ぜ、善逸くん、私は大丈夫だから……! 獪岳さん、晩ご飯の準備はもう少しかかるので、すこし休んでいてください」


まだ夕飯の支度が出来ていないことに、獪岳は苛立ったように舌を鳴らした。彼がその場から去ると、善逸は悲しそうに眉を落とした。

「ご、ごめんよなまえちゃん……」
「獪岳さんもきっと早く強くなりたくて必死なだけ。どうってことないよ。あっ、早速さっき貰った椿油塗ってみたんだ。どう?」


なまえは自分の右手を指さして触るように促すと、善逸は恐る恐るなまえの右手を包み込む。彼の手はさっきまで修行をしていたせいかぽかぽかと温かかった。

「……すべすべだね」
「ちょっと擽ったいよ」
「ご、ごめん!」


慌てて手を離す善逸に、なまえは笑ってしまう。

まるで細かい飴細工に触れるように女性に対しての対応が慎重な善逸がなまえには面白く感じられて、ついいつも笑ってしまう。彼はその度に恥ずかしそうに頭を掻くのだ。


「ほら、善逸くんも羽織脱いで。床が汚れるでしょう」
「あっ、う、うん……!」


善逸は羽織を名前の腕の中にある獪岳のものに重ねるように渡した。黄色いそれはもう砂と泥ですっかり汚れている。でもそれにはまだ善逸の体温が残っていて、陽の光に当たっていたせいか、天日干ししたときのようなお日様の匂いがした。

「もう善逸くんがくれた椿油があるから、沢山お洗濯をしてもへっちゃらだねえ」
「あんまり無理しないでよ?」
「大丈夫!」


なまえが軽く腕こぶしを作ると、善逸は困ったように笑っていた。