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花筏と水溜まり


もうそろそろかと布巾で軽く自分の手を包んで、釜の蓋を開ける。そうすればほかほかと湯気を立たせて、真っ白なお米が顔を出す。うん、上手く炊けてるな。なまえはそう一人で頷いた。米の良い香りを楽しみながら用意していた茶碗にご飯をよそった。

「(やっぱり食べ盛りの男の子なだけあって、お椀が大きい。ご飯、足りるかな)」

大きい順に並べてみると、獪岳、善逸、桑島、なまえの順。自分の茶碗の大きさは人並みくらいのはずなのに、こうも大きさが違うともはや別の世界の人間である。全部並べるとまるで入れ子人形にそっくりだ。

「……よし、お魚と卵焼き、お味噌汁も、漬け物とお浸しも……うん、全部揃ってる」


すべての箱膳に料理が揃っていることを確認し、なまえはふう、と息を吐いた。腕を上へ伸ばして軽く伸びをすると、聞き慣れた叫び声が庭の方から耳に突き刺さった。

「なまえー!! 」


なまえの恩人でもあるその声は、剣士の育手である桑島慈悟朗の声であった。それは助けを求めるかのような、怒鳴り声のような、兎に角迫力のある声色と声量。手に持っていた杓文字を思わず落っことしてしまいそうだ。

「はいはーい、今行きますから!」


杓文字を釜の傍に置き、なまえはその声の源へと駆け出した。






「善逸がまた木から降りてこないんじゃ。どうにかしてくれ。さすがに朝から無理矢理引きずり落としたら昼と夜の鍛錬に支障が出る」
「はあ……」

桑島がいたのは縁側だった。庭の真ん中には善逸と呼ばれた彼の兄弟子である獪岳は眉間にしわを寄せている。随分苛立っている様子だ。

「もう付き合ってらんねえよ。俺は先に飯食っとくからな」
「待て獪岳! またお前は……! ではなまえ、頼むぞ!」
「えっ!? ええ……?」


足早に居間へと向かってゆく獪岳を桑島が追いかける。二人分の足音が聞こえなくなり、風のそよぐ音が優しく鼓膜を刺激する。

「……、」

善逸は木の幹に顔を押し付けて、しくしくと乙女のように泣いている。そんな彼の様子になまえは、少し考えてから縁側の隅に立て掛けていた草履を履くと、彼のいる木の上に向かって話しかけた。

「善逸くん、お昼ごはんできたよ。一緒に食べよう」

「朝飯は食っときながら鍛錬をサボる俺の飯なんてもうないよ」


善逸はここに来たときからいつもこんな調子だったらしい。彼の後にここへきたなまえはその詳細を詳しく知らないけれども。それはそれは苦労することも多々あったのだろう。桑島はよく 「なまえは善逸の扱いが上手い」 と言った。しかしながらなまえにもその自覚は少しだけあって、別に彼を弄んでいるという訳ではなく、彼が自分を信頼してくれているということと、素直に彼が自分の話を聞いてくれるのがなまえは嬉しかったのだ。


「卵焼き。好きでしょう? 朝は時間が無くて作れなかったけど……善逸くんがお昼からの鍛錬頑張れますようにって作ったんだよ」
「ほんとに?」
「一番応援してるもの」
「……!!」


善逸は顔をぱっと明るくさせて、するすると木から降りてくる。さあ早く行こう、と先程とは打って変わって嬉しそうに頬を赤く染めながら善逸はなまえの手を引っ張る。その笑顔になまえもつられてくすりと笑った。



居間に戻ると、獪岳と桑島は箱膳の前できちんと正座をして待っていた。とはいえ獪岳のほうはかなり限界に近かった様子だったが。
なまえは良かったねと善逸に笑いかけたが、当の彼は居心地が悪そうに視線を逸らしていた。






―――



「――なまえちゃん!」


昼飯の後。食器を洗おうと着物の袖を捲ったとき、善逸はなまえの傍に現れた。全く気配がなかったことに少し驚いたが、なまえはいつものように柔らかい声でなあに、と返した。

「卵焼き、すっごく美味しかったよ」
「ふふ、ありがとう」
「洗い物、手伝うよ」
「修行は大丈夫なの?」
「だってなまえちゃんの手、水仕事で最近ボロボロだ。爺ちゃんに言ったら『手伝ってこい』って」


善逸は捲っていたなまえの着物の袖に手を伸ばし、まくっていたそこをしゅるりと元に戻した。すると今度は善逸が自分の着物の袖を捲りあげる。

「……でも、それは申し訳ないし。……善逸くんは洗い物だけでいいから、片付けは私にさせて欲しい」
「う、うーん……なまえちゃんが言うなら……あ、でもその前に、」


はいこれ、と善逸は懐から小さな小瓶を取り出して、なまえへと手渡した。その正体を見て、なまえはえっ、と驚きの声を漏らした。

「……こ、これ、高かったんじゃないの?」

小瓶の中に入っていたのは、椿油だった。元々この油は女性の間では重宝されていたものだったが、それはなまえの記憶では特に肌荒れに効くとあちこちで話題になっていたもので、かなり高価なものだったはずだ。

「この前爺ちゃんに小遣いもらったから」
「そんな! 悪いよ」
「俺は別に欲しいものないしさ! 遠慮せず使って!」


かっこつけたようにわざとらしく笑う善逸はさっきの木の上で縮こまっていた姿と大違いだ。その笑顔は彼の金髪と相まって向日葵のように眩しくて、なまえも思わず笑みが溢れた。