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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

彼岸花が似合いませんように 後


「チュン太郎、見つかった?」
「チュン……」
「そうか……ありがとう」


その後俺は、無我夢中でそれを探した。でも小屋の周辺はもちろん、家に留守番させていたチュン太郎を呼んで上から探してもらっても、なまえちゃんの手紙が見つかることはなかった。気づいた時には、もう日はすっかり沈んでいて、山の中を散々探し回った俺の着物は、土と砂で薄汚れていた。

「ごめん、なまえちゃん、まだ見つけられてなくて……」
「……」
「……なまえちゃん?」

もしかして、怒ってる? 俺が見つけられなかったから? 音が聞こえないから、分からない。俺から五、六歩程離れた場所に立つ彼女に近づこうと一歩踏み出すと、なまえちゃんは善逸くん、と優しい声で俺を呼んで、此方を見た。顔を上げたなまえちゃんは上手く言えないけど、悲しさを全て押し殺したような笑みを浮かべていて、俺は何故かどっと冷や汗が吹き出た。

「……ありがとう。せっかく探してくれたのに、ごめんね」
「えっ?」

「だって善逸くん、ないって分かってて探してくれたんでしょう?」

なまえちゃんはその笑顔を保ったまま、俺の方へ歩を進めた。なまえちゃんが踏み締めたはずの雑草は、まるでそうされた事実など無かったかのように元気に茎を空へ伸ばしている。

「……何ヶ月も前に落とした手紙が、今残ってるはずない。そもそも血で濡れて読めなかったかもしれない。もうきっと、生き物に分解されて土に還ってる」

なまえちゃんがつま先で地面を軽く叩く。彼女の足は確かに土に触れたはずなのに、そこからは 「とん」 とも 「とす」 とも音はしない。地中の虫たちの驚いたときのざわめきすらも聞こえなかった。

「なんだか、私だけ時間が止まってるみたい」

泣きそうになりながら無理矢理笑みを造る彼女の姿は、とても見ていられるものではなかった。
確かに俺は、彼女が書いてくれた手紙は、もう既に無いと心のどこかで確信していた。でもそれじゃ彼女があんまりにも可哀想で。……いや違うんだ、可哀想なんて上から目線な言い方がしたいんじゃない。でもとにかく、俺はなまえちゃんの笑った顔が、喜んでいる顔が見たかったんだ。そして俺も、なまえちゃんと一緒に笑いたかったんだ。

「……なまえちゃん! その、手紙の内容、覚えてたり、しない、かな……? だいたいでいいからさ!」
「……えっ?」
「なまえちゃんに今手紙の内容を読んでもらって、そして俺が返事を書いて、きみのお墓に入れるんだ! どう!?」

今のなまえちゃんのお墓は墓石があるだけで、中には彼女の骨は一本も入っていない。その残酷な事実が頭をよぎる。でもそうも言っていられなかった。思えば結構な無茶振りを彼女に強いているが、悲しい思いをさせるよりはいいと思ったのだ。

「……大まかなことでいいの?」
「いいよ! 大丈夫!」

俺は彼女の手を引いて、家へと戻った。一人分の足音を鳴らして向かった先は、縁側だった。俺と彼女の、初めて会ったときの思い出の場所だから。
まだ困惑している彼女をよそに、俺はさあさあと腰を腰を下ろさせた。多少強引だって構わなかった。なまえちゃんはもう腹を括ったのか、ふうと息を吐くと、小さく口を開いた。


「……善逸くんへ。お元気ですか。返事が遅くなってしまってごめんなさい。私も桑島さんもここで変わらず元気に過ごしています。二人きりの食事に使う材料の量も、今になってようやく分かってきました。でもそれが怖いと感じることもあります。
……そういえば、やっと獪岳さんから連絡が帰ってきたんです。“今やってる任務が終わったら帰る”って、すごく無愛想! とても懐かしかったです。でも彼の鴉に内容を聞いてみたところ、どうもいつもより危険というか、不可解な点が多いらしいです。心配ではありますが、場所自体は近くだそうです。もし善逸くんも帰って来れるなら……。……帰って来れるなら、獪岳さんと桑島さんと、三人で貴方を待っています。椿油、楽しみにしていますね。……桑島さんから、大事な話もあるらしいので。悪い知らせではないから、安心して帰ってきてね。……なまえ」

少し詰まりながらも、ぎこちなく思い起こした文章をなまえちゃんは読み上げた。その中には獪岳の名前も出てきていて、俺は点が線に変わったような気持ちだった。獪岳がいつ、どの任務に出たときに鬼になってしまったのかが分かったから。
でも俺にはひとつ、まだ疑問があった。

「……爺ちゃんからの大事な話ってなんだったの?」
「ないしょ」
「えっ!? なんで!?」
「善逸くんがお爺ちゃんになって私達のところに来たら教えてあげる、かな」

なまえちゃんは顔を少し赤く染めながら笑った。なまえちゃんの、手紙や改まった場面の中では敬語を付ける癖が外れているということは、余程彼女が動揺するような話だったのか。……もしなまえちゃんが生きていたら、俺が死んだらとは言わずに、すぐにその“大事な話”とやらを聞くことが出来たのだろうか。爺になるまでって、あと何十年あるんだろう。
俺がそんなことを考えていたというのを全て把握していたとでもいうように、なまえちゃんは 「意外と自分の寿命って早いものなんだよ」 と隣から言った。きみがそんなことを言うのは、変な説得力があるな。

「……ねえ、また会える?」
「夢の中でなら?」
「なんで疑問形なの」
「ふふふ」
「ふふふ、じゃなくって!」

死んだ、しかも数年前まで一緒にいた男に食い殺されたというのに、彼女は異様に明るかった。この子の事だから、そんなつらいことは忘れてしまおうとでも思ったんだろうか。

「善逸くんが元気そうでよかった」


それはこっちの台詞だよ。

そう言おうとした瞬間、急に強烈な睡魔が襲ってきた。もう日が沈んでいるのも相まって、一瞬でも気を抜いたら意識が何かの底へ落ちてしまいそうな予感がする。ああでも、元々はここが夢の中で、今から覚める途中なのかもしれない。

「おやすみ」

気が付くと、俺の視界にはなまえちゃんの顔。膝枕だ。だけど今だけは、興奮と驚きで飛び起きられそうもない。何故か自然と 「行かないで」 と俺が口にすることは無かった。彼女が言ってたことと、自分の勘というやつで、これで会うのが最後ではないと直感してしまったから。むしろなまえちゃんとまた話すことが出来て、俺はそれだけで十分だった。強いて言うならば今日のお礼を言いたかったが、残念ながらそれはもう間に合いそうにない。
目の前がまっくらになる直前、「お手紙よろしくね」 となまえちゃんの声が聞こえた。






“なまえちゃんへ
なまえちゃんは爺ちゃんと一緒に仲良くやってるのかな。俺は元気です。って、これはこの前言ったか。まあ、なんとか頑張って生きてます。ひとりぼっちで寂しかったけど、沢山仲間が出来て、いつも楽しいよ。もうこの世にはいない人もいるけど、なまえちゃん達ももしかしたらその人達に会えたりしてるのかな? そしたら、俺の情けないところも、もう知られちゃってるのかな。もしそうだとしても、俺のことを嫌いにならないで、ずっと俺のこと待っててね。爺になるまで絶対生きてみせるから、そしたら、きみの言っていた“大事な話”を聞かせてください。
我妻善逸より”




2019.11.5